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逆さの砂時計
Side Story
少女怪盗と仮面の神父 38
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 (違う! 私は!)
 咄嗟に顔を上げ……何を言い返そうとしたのか、ミートリッテ自身にも解らない。
 でも、言わなければ駄目だと思った。
 (私は……っ)
 自分に伝えなきゃいけない言葉がある。
 何処かで誰かに聴いた、とても大切な言葉が。
 その内容を思い出す前に、幼い自分へと腕を伸ばし……
 「恩を返すべき人達はもう、何処にも居ない。だったら、終わらせましょうよ。無駄に生き続ける事こそ、ハウィス達への冒涜なんだから。そうでしょう? ミートリッテ」
 振り返った虚ろな瞳を捉えた瞬間、体が硬直する。
 蛇に見込まれた蛙のように、動けない。
 (……止めて!)
 自分の両手が首に絡み付く。二本の親指が脈打つ場所を的確に押さえ、圧迫する。
 「……苦しい? だよね。多分みんなも、殺される瞬間は同じ気持ちだったよ。怖くて、苦しくて、痛くて、混乱して、助けて欲しくて……私なんかに関わらなきゃ良かったって、後悔して恨んで、憎んだ。なのに、自分だけは楽に生きて楽に死ねると思うの? 甘いなぁ。この期に及んで夢見すぎだよ」
 (違っ……、そうじゃない! 私は!)
 「言い訳は要らないの。精々もがき苦しんで。そして……永遠にバイバイ、私」
 (やめ……!)
 喉の奥が鋭い痛みを訴えた。子供の物とは思えない力で気管を塞がれ、空気を求める肺が暴れ出す。
 唇の端に唾液が溢れ落ち、覗いてる自分の顔が二重三重にブレて、黒く染まっていく。
 (……だ、め……)
 これじゃ駄目だ。
 私は知ってる。ちゃんと聴いてた筈だ。
 思い出せ!
 私が自覚してなきゃいけなかった事を!
 (わた、し……は……っ)

 『ミートリッテ』

 ……声が聴こえる。
 両肩に柔らかな熱が灯る。
 優しくて温かい、あの人の声と感触。
 大切で、大事で、大好きな……お母さん。

 (……そう、だ……。私は……っ!)
 唇を噛み締め、見えない何かに抑えられた全身、伸ばした腕を無理矢理に動かす。
 先ずは人差し指。
 次は親指。
 「! なんで!?」
 徐々に大きくなる私の動作を見て、幼い自分が慌て出した。
 「あ、諦めてよ……っ! あなたは生きてちゃいけないの! 生きてたらみんなを不幸にするの!!」
 (い、いえ…… いいえ、違う!)
 五指が動く。手首が、肘が、肩が。自由を取り戻していく。
 反対に、首を絞める自分が狼狽える。
 「違わない! お父さんもお母さんもハウィスも、みんな死んじゃった! あなたの所為で死んじゃったんだもん! あなたも死ななきゃ駄目なの!!」
 (死んで、ないっ! 誰も……私も! これ以上、死なせてたまるかぁぁああああああッ!!)
 上半身が、腰が、両膝が、足首が。私の意思を通して勢いよく立ち上がる。
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