うわん
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曇天の初秋は、夏の名残を残すように空気が重く湿っている。じんわりと蒸す玉群の裏庭で、俺は鎌を振るっていた。
「ごめんねー、今年は全面的に頼っちゃうかも」
淀んだ空気を裂くように、鮮烈な声が響いた。少し目を上げると、視界にすらりと伸びた脚が飛び込んで来た。
「いいよ、来なくて。虫に刺されるよ」
「んん、いいよ手伝うって」
縁ちゃんが、すっと傍らにしゃがみ込んだ。柑橘系のコロンの香りがした。…いつもより、香りが強い気がする。
「このコロン、虫よけになるんだよ」
「ふぅん…」
大きめの軍手を嵌めた手で、たどたどしく鎌を振るう。…俺や奉がやってることを真似したがるところは、昔と変わらない。思い返すと、少し頬が緩んだ。
玉群の屋敷の裏には広大な裏庭がある。
屋敷の敷地の2〜3倍はあるだろうか。屋敷回りだけは、執事の小諸さんが辛うじて手入れしているが、いくら庭仕事が趣味でも一人で何とかできる広さではない。だから玉群家出入りの庭師の息子である俺は、しばしば親父経由で草むしりなどの雑用を頼まれる。
「結貴くんのとこにさ、芝刈り機みたいなのってないの?」
開始3分、既に面倒くさくなっている。この関心事以外には徹底的に飽きっぽい性格は、兄とよく似ている。
「その辺がね、俺の実家が代々ここの手入れを任されている理由なんだよ」
―――この裏庭には『触れざるものたち』が在る。
要は、曰くがあって傷つけてはいけない植物などが、多々在るのだ。
「それを覚えてさえいれば、技術がなくても出来る。だから草むしりは俺の仕事になっているんだ。報酬も出てるし、本当に気にしなくていいんだよ」
「んん、私もやる」
……いい子だな。
「そして駅前の『ありすのお茶会』でケーキセットをおごってもらう」
……前言撤回。
「…わかったよ。でもそんな高いのは無理だよ。バイト代ったって身内価格だから」
縁ちゃんはケーキ、ケーキと歌うように呟きながら鎌を動かす。…兄があのような調子だからか、彼女は時折こういう甘え方をする。そして俺はこの扱いが、そんなに嫌いでもない。
「いいか、刈っていいのは見覚えのある雑草だけな。少しでも『何だこれ?』と思う草があれば」
「何だこれ?」
縁ちゃんが鎌を当てている、小さな碇草に似た花。俺は縁ちゃんの鎌に手をあて、退けた。
「茯苓、とか呼ばれてたな。花の中心あたりをよく見ると、少し光ってるだろ」
「ふぅん…どういう草?」
「知らん」
「知らないんだ」
「名前しか知らん。というか教えてもらえない」
代々庭師として玉群と関わってきた青島家は、玉群の庭に自生する『触れざるもの』について知識を持っている。だがそれを知ることが出来るのは青島の『庭師』だけなのだ。俺は今のところ、庭師を継ぐ予
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