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黄金獅子の下に
黄金獅子の下に 2
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なかったのは、下からの具合を確認させたかったのではない。情けない微苦笑と、手の震えを見られたくなかったのだ。
「白い艦なんて初めてだもんなあ」
 修理を終えた艦ではない。
 新造艦らしい滑らかな塗装の仕上がりだった。その表面を静かに撫でる。赤い光が手の甲を切り分け、指の節で折れ曲がった。
「コーティングもすげえよな。どれだけ防御力が出るんだか……どれ…いつまで眺めてても飽きねえくらいの美人なんだが、こうやって撫でても埒があかねえな」
 すうっと息を吸い、それを全部吐き出してからベッカーはノズルを握った。
 下からでは、いつも通りに見えただろう。
 だがベッカーは描き始めの位置を決める時から緊張していた。それはどんな艦でも同じだ。
 そこからどの方向に、どのくらいの強さで噴き付けるか、駆逐艦ならここを濃いめに、巡航艦ならこの位置でちょいと距離を取る、躊躇はすぐさま結果に出るから迷うならまず塗っとけ───言葉にも出すし、そう思って作業していた。
「…………あっ!」
 マスクをしているし、距離もあった。なので下にまで声は聞こえていないが、ベッカーの腕は普段絶対に止まらない箇所で止まった。
「っ……何やってんだ、俺は」
 一度目では輪郭線まで距離を取る。二度目に少し口を絞り、際に寄る。塗りつぶしの面積によっては重なった部分での濃淡の差が大きくならないように、調整しながら三度は重ねていた。
 それが一度目で際近くへとぶれたのだ。
 輪郭からはみ出したわけでも、ラインにふれたわけでもないが、ベッカーが描きたい位置ではなかった。
「故障ですか?」
 グリムからはかなり離れている。
 赤いラインははっきり見えるのだが、そこから逸れているわけでもない。だからベッカーが妙な位置で止まり、それから動かなくなってしまったのだから、まずは故障を疑った。
 極たまにだが、噴霧口やレバーが壊れることがあるし、グリム達が一番やってしまうのが吸気穴を詰まらせてしまうことだ。
 返答はなく、ゴンドラが下がってきた。
「下はなんともないですよ。圧も下がってないですし、塗料の残量も十分です」
「……ああ、だと思う」
 邪魔そうにマスクを外しながらの返答は抑揚なく、小さかった。
「じゃあ、どうしたんですか?」
「ああ……失敗した」
 グリムは自分の耳から入った音を、他に似たような音で、聞き間違えやすいものがないか、まずは脳内で、それから口中で反芻した。
「ミスったんだよ」
 何度も失敗って言うな、聞こえてる、そうベッカーは鼻を鳴らす。グリムにしてみれば、自分達に対しての発声でないだけに、これも衝撃的ではあった。
「つい見惚れて手が滑った」
「………綺麗、ですからねえ」
 ベッカーの言葉通りに受け取るしかなく、同意の意味で頷いてみせる。

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