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霊群の杜
姑獲鳥
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、膝が立っていられない程震えていることに気が付いて座り込んだ。
『玉群』は、この辺りでは名の知れた『頗る評判が悪い』名家だ。玉群の御曹司を敵に回すようなことは、ここいらの者なら…。俺は大きく息をついて、奉を見上げた。
「なんで、こんな……」
「こりゃ、趣味だねぇ」
奉は事もなげに答えた。その頬を水槽の青い光が仄かに照らし、眼鏡の奥は相変わらず見えない。
「趣味だと!?」
「これだけの女達を故意に殺しておいて、病院全体の死亡率は全国平均を下回らない。…これを拵えた奴は、悪魔のような外科技術を持つ天才さねぇ。それに」
くっくっく…と、くぐもった笑いを漏らして、眼鏡に手を当てた。


「母子が死んだあと、見つかるんだよ…数日前に申請されて、家族も知らなかった『献体希望』の書類がな」


だからこれは書類上、合法的な『資料』なんだよ。と呟いて、奉は改めてこの部屋をぐるりと見渡した。
「まるで、姑獲鳥の巣だな」
「…告発、しなきゃ」
「勝ち目はないぞ。正式な書類があるからねぇ。それより結貴、俺はこの偶然に寒気すら覚えるよ」
「……偶然」
「この間、鴫崎が洞に持ち込んだ殺人狂の書物」


―――持主は、ここに居るねぇ。


悪魔のように腕の立つ医者だ。標的から外れさえすれば、ここ一帯では最高レベルの治療を施してくれるだろうねぇ。そう云って奉はただ飄々と廊下をあるく。…さっきの悪夢のような光景などなかったかのように。
この場所をこのまま放置すれば、幾多の罪のない、弱い母子が葬られる。一生懸命生きているのに、これから生きようと思っているのに。…だが頭の芯が麻痺している今は、俺は義憤にかられて駆けることも、しれっと受け入れることも出来ない。
そして。


俺は当分、ホルマリンの匂いを嗅ぎたくない。

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