姑獲鳥
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恐ろしい目に遭えと云っているようなものだ」
「言葉が足りなかったねぇ、色々と」
緑色の廊下を挟んで林立する昏いドアの一つ。その前に奉は足を止めた。そして銀色の小さな鍵を差し込んで回すと、ドアは音もなく開いた。
「―――鴫崎はな、うってつけの『標的』だ」
ドアの隙間に半身を滑り込ませながら、奉がぽつりと話し始めた。
「標的?」
「若くして所帯を持ち、金も社会的地位もない底辺DQN家庭。おまけに切迫早産で緊急入院。まさに役満状態」
「…お前それ絶対鴫崎に云うなよ。殺されるぞ」
「今回の緊急入院で嫁と子供が死んだとしても、誰も不審には思うまい。あいつアホだから多分セカンドオピニオンとか知りもしない」
「不吉な事云うなよ」
「だからな、次の候補なんだよ」
俺は袖を引かれるままに、部屋に踏み込んだ。
―――悲鳴が喉の奥に張り付いた。
ツンと鼻をつく薬品臭が立ち込める狭い部屋の中、四方を囲む水槽に、何十体もの裸の女性がゆらゆらと揺らめいていた。
「次の、姑獲鳥のな」
姑獲鳥…お産で亡くなった母子が妖として蘇った姿と聞いた事がある。水槽の中に林立する女性たちは全て…いや、まさか。だが俺は咄嗟に反らした視線を戻す勇気が湧かない。ただ、自分の爪先だけを見つめて立ち尽くすのが精一杯だった。
「顔を上げられるか」
有無を云わさない、奉の声が部屋中に反響した。
「全員、腹を割られている。へその緒が外に繋がっているねぇ…その先は」
「云わなくていい!」
小声で、だが叫ぶようにその言葉の先を遮った。
…一瞬見たのだ。女達の腹から繋がる、毬のような塊を。
「…まあいい。救急指定の病院だからかね、ここには実に多くの『急患』が担ぎ込まれる。死亡例も多い」
ひた…と水槽に手をあてる音がした。…何故触れる。こいつおかしいのか。
「あまりに暇だったんでねぇ、試しに調べてみたのよ、死亡者を」
ここに浮いてる女達のほとんどが、シングルマザーや低所得層を始めとした所謂『社会的弱者』だったねぇ…と、水槽をひたひたと触りながら奉は淡々と述べる。
「酷いねぇ…臨月の子供をこんなに切り刻んで。…なぁ結貴、おかしいとは思わないか?何故、面会謝絶でもない鴫崎の嫁が個室を使える?」
「それは…なにか?」
―――鴫崎の嫁と子が、ここに…?
誰が、何の為に、どんな手段で。考えるべきだったことはいっぱいあったかも知れない。だが、体が動いた。病室に駆け戻ろうとした俺を、奉が制した。
「…何だ!!」
「手は打ったんだよ、たった今」
奉は病室の前で見せたのと同じ笑いを、口の端に浮かべた。
「あの年若い医師に、鴫崎が『玉群の関係者』であると知らしめただろう?」
「……………あぁ」
今更になって俺は、心臓がバクバク音を立てていること
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