第四章
[8]前話
「まさかあの日のホームランで」
「そうじゃ、江川は引退を決めたんじゃ」
「御前に打たれてな」
昨年限りで引退している山本浩二、今シーズンで引退した衣笠祥雄がその小早川に話す。
「それまでは何としても投げようとしてた」
「来年もな」
「肩が痛くても針まで打ってじゃ」
「そうして投げようとしてた」
「けれどじゃ」
「御前に打たれた」
まさにあの試合でだ。
「それも渾身のストレートをな」
「ここぞって場面でホームランにされてじゃ」
「あいつは決めたんじゃ」
「もうピッチャーを止めるってな」
「まさか」
驚きを隠せない顔でだ、小早川は二人に返した。
「僕のあのホームランが江川さんを」
「これも野球なんじゃ」
山本は厳しい顔で小早川に告げた。
「御前が打つ、それでチームは勝つ」
「けれど相手は負けて」
「打たれた奴はそれで終わらん時があるんじゃ」
「絶対の自信がある球をここだけは打たれたらいかんって時に打たれるとじゃ」
まさにとだ、今度は衣笠が話した。
「もう心も打ち砕かれるんじゃ」
「だから江川さんは」
「そうじゃ、引退を決めた」
「あの時にな」
「ほんまに御前に打たれてじゃ」
「決めたんじゃ」
「そうですか」
呆然とさえしつつだ、小早川は言葉を出した。
「僕のホームランで」
「スラッガー、いや野球はこうしたこともあるんじゃ」
「それを背負うのも野球人なんじゃ」
二人は小早川にさらに話した。
「今後御前がそうなるかも知れん」
「勝つモンがおれば負けるモンも必ずおる」
「それが野球じゃ」
「それがわかったじゃろ」
「わかりました」
実際にとだ、小早川は二人に答えた。
「そうしたこともわかって背負っていきます」
「このこと忘れられんじゃろ」
「ほなずっと覚えておくんじゃ」
「それで野球やってけ」
「これからもな」
「そうします」
小早川は二人の先達の言葉に頷いた、そして実際にだった。
彼は広島で活躍し後に門を叩いた野村克也率いるヤクルトでも記憶に残る活躍を残した。このホームランのことは今も語り草になっている、江川卓が引退を決意した試合として。そのホームランを打った者として。
打ち砕かれたもの 完
2016・8・22
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