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豹頭王異伝
曙光
治癒の感触
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吹き飛ばした時の様に。
 闇にしか棲み得ぬ無数の影、亡霊、怨霊達が消え失せた様に。
 マリウスの歌、光の波動が溢れ闇の領域を満たしていった。

 解き放たれた感情達が集い、渦巻き、心を蘇らせる。
 己の裡に引き篭もり、項を垂れていた勇者達が顔を上げる。
 この世の果て、カリンクトゥムの扉を開く鍵の様に。
 マリウスの歌が、心の扉を開く。


 深々と静まり返る深い森林を思わせる静寂の中、マリウスは一曲を歌い了えた。
 アル・ディーンの名を捨てた吟遊詩人は己の分身、キタラを抱き直す。
 豊かな音色の和音に続いて、澄んだ歌声が流れ出す。

 サリアの娘。
 誰もが知る古い民謡、中原に普遍の子守唄。
 憧れと希望、優しさと温もり。

 枯れ果てたかと思えていた豊かな感情が蘇る。
 何処までも何時までも尽きる事の無い、人を恋ゆる想い。
 明るく暖かな感情が己の裡に湧き出で、マリウスの歌と共鳴する。


 サリアの娘を歌い終わり、カルラアの化身は唇を閉ざした。
 誰もが息を殺し、声一つ立てる事の無い夜の荒野。
 喰い入る様に見詰める数万の人々の視線を物ともせず、キタラが再び掻き鳴らされる。

 ふるさとの緑の丘。
 キタイから帰国の途中、セムの村に逗留した際に披露した謡。
 中原の真珠パロよりも北の大地、ケイロニアに相応しい唄。
 生命力に溢れる豊かな森を髣髴とさせる詠唱が、心に沁みる。

 尽きる事の無い豊かな歌声が、夜の闇に響き渡る。
 魔道師達の暗示作用が齎す音響効果、共鳴と反響が波動を増幅。
 心に直接、光が注ぎ込まれる感覚。
 感情の大波が時の封土を打ち壊し、生命力に溢れる海の潮が満ちる。


 君は、1人じゃない。
 僕が、傍に居る。
 僕は決して、君を見捨てはしない。

 力強い歌声が、心の奥底に響き渡る。
 自己否定の陥穽、滅びの風へ誘う狡猾な罠。
 精神寄生体の陥穽を打破り、生命力を甦らせる希望の光が射す。

 心を震わせる歌の力、感動を呼ぶ波動の相乗作用。
 生命力と活力を齎す、光の協奏曲。
 激しく燃え盛る感情の交響曲が響き、心の琴線に触れる。


 人は皆、1人では何も出来ぬ。
 各々が足りぬ力を補い合って、初めて何事かを成し得る。
 誰しも、全くの無力ではない。
 各人は其々、何等かの力を持っている。

 或る者は、希望を持ち続ける勇気を。
 或る者は、人の幸福を祈る真心を。
 或る者は、真理を解明する知性を。
 或る者は、戦う為の実力を。
 或る者は、全体を調整する平衡感覚を。
 或る者は、冷徹な判断力を。

 或る者は、理想を追求する強い意志を。
 或る者は、人を信じる心を。
 或る者は、夢を実現する行動力を。
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