肆ノ巻
御霊
4
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母上?音だけじゃ分かりづらいな、もう!いやでも「だから」って言ってるって事はあたしのことか。この男、この後に及んでもまだそんな世迷い言を…!
「あんたねぇ、誤魔化そうなんて…」
「ええ、お慕いしておりました。心より」
するりとヤツが近づいてきて、はっと気がついた時には手を取られていた。振り払おうとしたけれど、亦柾の目は落ち着いていた。彼は何かに決着をつけようとしている。だからあたしは、撥ねのけることは諦めて、好きにさせたままきっと睨む。
「わたしは幼い若児でしたが、それでも、誠の心で、この方の傍にありたいと願ったのですよ…」
彼はあたしの手を握り、そこに視線を落としたまま、ぽつりと言った。
零れた言葉に、偽りは、きっとない。
「あたしは、母上じゃ無い」
「存じております」
「本当に?ならなぜあたしをライと呼ぶの」
「…それは、わたしのせいではありません。思わず重ねずにはおられないほど、あなた達ふたりが、似ているからですよ…」
あたしははっと顔を上げた。亦柾は、思い出を反芻するように笑ったまま、そっとあたしの手を指で辿る。
似ている?あたしと母上が?
「あなたを、お慕いしておりました。蕾殿」
それはあまりにも諦めに満ちた声だった。
それはそうだ。だって亦柾の目の前にいるのは娘のあたしであるし、母上はもうこの世にはいないのだから…。いくら想っても、届くことは無い。
あたしは感情にまかせて大きく開いた口を一度ぐっと引き結んだ。吸い込んだ、息を吐き出して。
「…亦柾。母上なら、こう言う。亦柾さま、あなたがわたしを思ってくれる気持ちは本当に嬉しい。ありがとう。ですが、わたしは忠宗さまをただひとりと誓った身。なればー…っ?」
亦柾の指があたしの唇を覆う。
「ー…皆まで仰いますな、蕾姫。もとより、徳川の嫡男として、自由など望むべくも無い身。ただ、あなたにこの想い、知って頂きたかった。それだけ。ただそれだけなのです」
拒絶する暇も無くあっという間に腕をとられて引かれた。香の匂いがふわりと立ち上る。亦柾はまるで縋り付くように、あたしを抱き留める。
あたしは抵抗を諦めて、ぽんぽん、と亦柾の頭を慰めるように撫でた。
「…姫なら?」
「…ん?何?」
「先程姫は『母上なら』と前置きされた。姫なら、何と返される」
「あたしなら、こう。…おとといきやがれ!」
「おと…っ」
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