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霊群の杜
書に潜む
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わっ、地震か!?」
鴫崎が腰を浮かせた。無理もない。地震の時にこんなとこに居たら本で潰されて死ぬ。
「…騒ぐな、騒ぐな。くくく…大物だねぇ」
奉は宥めるように洞の壁を撫でた。その手に絡みつくように、書の群れはざわざわと蠢く。眼鏡の隙間から僅かに覗いた奉の貌は、どういうわけか嗜虐に歪んでいた。
「そ、『そいつ』のせいか!?俺さっき蹴っちゃったよ!!」
「なに、通りすがりのもんに障りはしないよ」
ぴたり、と箱の上に手を当てると、書は益々騒ぎ始めた。開けるな、入れるな、放り出せと洞全体が叫んでいるような…。しかし奉は箱の封を千切った。
「こういう輩は例外なく『持主』に祟る」
もう俺にも分かる。山奥の沼にでも足を踏み入れたかのようなぬらりとした冷たい空気に押し包まれた感覚。…鴫崎は、え?え?なんか重くね?などと呟きながら辺りを見回している。
「大勢の手を渡り、人の業を吸った書の中には稀に、とんでもない『業』を吸い取るものがある」


封が解かれた箱の中。


「う…うわぁああああ!!!」
鴫崎の悲鳴で、俺は我に返った。これは…小人か。
無数の小人の屍が、箱を満たしていた。書の群れは愈々拒むようにゆらめきを増す。奉は…笑いが止まらなかった。
「くくくくく…あはははははは!!まだ居たのか、こんなにも深い業を持つ輩が!!!」
爆発したように笑い続ける奉、狂ったように翻く書の群れ、動けない俺と鴫崎。…永遠にも感じたその空間は、奉が箱を閉じたことで一旦、あくまでも一旦収まった。
「お…おおお俺は何を運んでたんだ…!!」
「本だよ」
奉は面倒そうに封をし直すと、コツコツと箱を叩いた。
「ここに入っている本のどれかに、相当の…そうだな、修羅場をくぐった奴がいる」
「修羅場…?」


「こいつの持主は大勢の人間を殺している」


―――奉は事もなげに呟くと、二つ目の銅鑼焼きを咥えた。
「…え?」
「大勢の…ってなぁ、30人くらいか?」
鴫崎が首を傾けた。…あ、津山の集落殺人事件か。
「あの屍の数が30人に見えたか?」
「…じゃああれか、戦時中の軍関係者だな!」
「違うねぇ。屍の顔が鮮明過ぎる」
口をもごもごさせながら、奉は机に戻った。
「銃や爆弾でドカーンじゃないねぇ。一人一人、個性をよく認識した上で、じっくり殺している」
……厭な事を云う。
「……昔、だよな?」
「今、かねぇ。…これから中身を検める。どうする、見るか?」
御免蒙る。俺と鴫崎は肩を並べて洞を後にした。





「…お前よくアレと付き合ってるな」
一足先に洞の外に出た鴫崎が、強い日差しに顔をしかめた。洞の中は何故あんなにも涼しい…というか寒いのだろう。
「俺もそう思うわ」
つい本音がぽろりと出た。鴫崎が声高に笑う。
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