第一章
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文字柱
毛利元就という大名がいた。言わずと知れた安芸から身を起こし一代で中国地方を統一した英傑だ。確かに彼は陰謀を駆使してきた。
だが中では名君であり政はよかった。それにだ。
信仰も篤かった。この時もだ。
厳島神社に参っていた。海の中にあるその社の中を巡りながらだ。後ろに続く家臣達にこんなことを言っていた。
「ここはやはりよいのう」
「ですな。他の社とは違います」
「さらに神々しいものがあります」
「海の中から出る社じゃ」
まさにそれだとだ。元就はにこやかに笑って言うのだ。
「こんなものは他にはなかろう」
「ですな。だからこそそれだけに」
「神々しいものがあります」
「よい社です」
「そうじゃ。それでこの社でじゃったな」
こんなことも言う元就だった。
「かの平清盛公がじゃ」
「あの魚を食べた話ですな」
「この社で手に入れた魚を」
「清盛公はこの社を大事にされ。それに」
「それに?」
「それにといいますと」
「家も大事にしておった」
実は清盛はそうした人物だったのだ。冷酷非情でも極悪非道でもなくだ。一族の者や家臣、下々の者に至るまでをこよなく大事にしていたのだ。
「そうした方じゃった」
「極悪人に思えますが」
「それが実はですか」
「違うのですか」
「それを言えばわしも同じじゃ」
他ならぬ元就自身もだとだ。彼は自分で言った。
「このわしもじゃ。違うか」
「いえ、それはその」
「何といいますか」
「何、わしが一番よくわかっていることじゃ」
自分から言う元就だった。
「わし程の悪党はおらんわ」
「いえ、殿はまことにです」
「そうした方ではありませぬ」
「我等はわかっています」
「御主達はそう言ってくれるがじゃ」
元就はここでは苦笑いになった。その顎鬚、山羊を思わせるその髭を動かさせそのうえでだ。彼はその苦笑いでだ。こう家臣達に言ったのである。
「実際わしは多くの謀略で人を殺めておるわ。それにじゃ」
ここでだ。笑みが消えた。
「実の弟も殺したではないか」
「あの、そのことは」
「御考えになられぬよう」
「その、あれはです」
「つまり」
家臣達は弟のことについてはだ。ついだ。
口ごもりそのうえで何とか宥めようとする。しかしだった。
元就は顔をやや沈めてだ。そしてこう言ったのである。
「わかっておるわ。己が最もな」
「左様ですか」
「そう仰るのですか」
「そうじゃ。わかっておるわ」
こうだ。元就は今度は達観した顔で答えた。
「わし程の悪い者はおらん。ならばじゃ」
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