巻ノ六十五 大納言の病その七
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「今は」
「飲んでか」
「はい、お心を安らかにされて下さい」
「そうすべきか」
「そう思いまする」
「ではな、貰おう」
大谷も幸村の言葉を受けてだ、それでだった。
その杯を受け取り飲んだ、そのうえで幸村にあらためて言った。
「後はわしが入れる」
「ご自身の杯にですか」
「そうする、だから気遣いは無用じゃ」
「さすれば」
「ではじゃ」
「はい、それでは」
幸村も義父の言葉に頷いた、そしてだった。
彼は以後は十勇士達と共にそれぞれの杯に自分で注ぎ込み飲んだ、義父に倣ってだ。そしてその彼にだった。
大谷はここでだ、こう言ったのだった。
「言っても仕方ないし考えても仕方ない」
「そう思われましたか」
「もう思わぬ、それよりもじゃ」
「これからのことをですな」
「考えることにしよう」
これが大谷が至った結論だった。
「天下のことをな」
「では」
「うむ、わしは佐吉と共に関白様をお助けする」
「そしてですな」
「天下を無事に治めていこう」
「ですな、それではです」
「前を向いていこうぞ、何があろうともだ」
こう幸村に言うのだった、そして。
自から杯に酒を入れてだ、そのうえでまた飲んでから言った。
「では明日じゃ」
「日の出と共にこの者達と戻ります」
「ではまたな」
「はい、大坂に参りますので」
「その時はな」
「宜しくお願いします」
二人で話してだった、幸村はこの日は十勇士達そして彼の義父と共に飲み次の日の朝日の出を見て都に戻った。
それからは普通に務めた、だが。
彼が去った後の大坂その城の中でだった、秀吉は床に伏す秀長の枕元に座ってだ、彼に苦い顔で言った。
「安心せよ、病はじゃ」
「いえ、もうです」
「わかるというのか」
「はい、起き上がることが出来ませぬ」
それ故にとだ、秀長は答えた。
「粥すら喉を通りませぬ」
「そうか」
「ですからもう」
「長くないというのか」
「それがしの命は間も無く尽きます」
「御主はわしの弟じゃ」
それ故にとだ、秀吉はその弟に苦い顔のまま言った。
「だからわしより先に死ぬな」
「それがしもそう思っていましたが」
「何故こうしたことになるのか」
今度は無念の顔でだ、秀吉は言った。
「人の世はわからぬ、捨丸もじゃ」
「では」
「うむ、最早な」
我が子のことも言うのだった。
「折角出来た子なのにな」
「五十で」
「それがな、わしは子宝にだけは恵まれなかった」
天下人になり思い通りにならぬものはないまでになろうともというのだ。
「それでようやく出来た子が、そして弟がな」
「しかしこのことは」
「仕方がないというのか」
「はい」
その通りという返事だった。
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