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戦国御伽草子
肆ノ巻
御霊

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あたしはごくりと息を呑んだ。



徳川家の(はる)姫…。



知らない。あたしは、そんな姫知らない。



知っているのは、徳川家で唯一知っているのは…。



亦柾(やくまさ)



徳川家の嫡男だという徳川亦柾。その(あざな)は果たして何だった…?



洪一郎(こういちろう)』と呼ばれていた悠の愛した『兄上』。この戦国の世では、その『兄上』のように、正室を娶る前に側室を迎えるようなことは普通、やらない。失礼に当たるからだ。正室は一の妻。一番身分が高い姫を輿入れさせる前に、身分の低い側室をぼろぼろそばに置く…なんて普通しないわよね?大体初めての妻は正室になることが多いことからも、側室がいるのに正室がいないなんてホント滅多に聞かない。



けれど、勿論例外もある。そう、例えば、証文で初めから正室が決められていた時、とか…。



「あんたの…兄の名は…?」



あたしはもう嫌な予感しかせずつばをのみこみのみこみ、言った。



ずっと心のどこかで、もし本当に誰かに呪われているとしても、逆恨みか人違いか何かだと結構楽観的に考えていた。けれど…。



「我が兄の名は、亦柾!徳川洪一郎亦柾。おまえなら、知っているはずだ!」



女童(めのわらわ)、いえ、徳川の姫、悠の声は高らかに響いた。



ああ…やっぱり…。



「亦柾…」



「亦柾どの…」



苦虫を噛み潰したように呻くあたしと高彬の声が重なる。



「おまえが…おまえごときが…」



悠は髪を振り乱し、空を掴む拳を激しく握りしめ、ぎらぎらした目をあたしに向ける。その様は絵物語に出てくる悪鬼(あっき)そのものだ。



「−…だから−…」



悠が、ぴたりとその人差し指をあたしに向けた。



「だから、あなた、死んで下さいな?」



「いや、ちょっと待ちなさいよ。そもそも、あたしは亦柾なんてどーーーーーーーーーっでもいいの!あんたから亦柾をとる気もゼロ!あたしは亦柾の正室になんてならないし、そ、そうよ、あたしこの高彬の妻問い受けたから!佐々家に入るから。それに亦柾だってあたしのことなんとも思ってないし!」



あたしは隣の高彬の胸を誇示するようにバンバンと叩きながら言った。



「る、瑠螺蔚(るらい)さん…痛い…」



「おまえがどう思っていようと、兄上はおまえのことを…」



「だーーーーっ!あああ、もう!亦柾はね、あたしのことなんッとも思っていないんだってば!わかるの!女のカン!あたしだって曲がりなりにも女の端くれ、その
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