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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか
59.第九地獄・死中活界
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は多量の出血が氷を濡らしたが、やがてその血や体液は氷の刃が内包する静止の冷気によって凍結し、アズは氷の刃が突き刺さったままの顔を上げて、切れる息を吐き出した。瞬間、首元で止まっていた包帯が右目の周囲に巻き付き、アズの両肩から胸元で交差する鎖が巻き付いた。

 更に一段『死望忌願』の滅死の気配が強まり――。


 瞬間、アズの周囲にいた全員が『自らの首を鎌で落とされたと錯覚した』。


 錯覚の一言で片づけるには余りにもリアリティに溢れ、自分の視界が地面へと落下していく刹那を鮮明に思い出させる程に、それは紛うことなき『死』の感触だった。黒竜さえもが一瞬自らの首がまだある事に疑問を覚えるほどに――熱が無く、つめたく、そして魅入られるように安らかなりし『死』を自覚させた。

 その瞬間アズから発せられたそれは、無差別で一方的で不可避なる力、『死』の波動そのものだった。

「――ッ!!」

 瞬間――60階層から59階層までを埋め尽くす嵐のような量の鎖がアズの周辺から溢れ出た。

 四方八方から空間を塗り潰す冷たい鈍色の鎖はこれまでアズが扱っていたそれとは思えない程に太く頑丈な形状に変化し、その一部は黒竜にも飛来する。弾こうと真空の刃を無数に飛ばした黒竜だったが、瞬時に迎撃から回避に移る。直後、真空の刃を呆気なく弾き砕いた鎖が黒竜のいた空間を通り抜けて壁に突き刺さった。
 これまで黒竜の炎とリージュの氷に彩られていた世界が一気に重苦しい牢獄のように変貌する。それは無数に突き刺さった鎖だけでなく、元来鎖が内包する不可避の運命が黒竜とオーネストの意志だけの空間に割り込んだからだ。

 その鎖の上――とても足を置けそうにない傾斜の鎖の上に、アズはいつの間にか爪先だけで立っていた。右目が氷に塞がれたせいで左目だけになってしまった視界がオーネストを捉える。じろじろとその様子を観察したアズは、やがて少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「お待たせ、風の精モドキ」
「言うに事欠いてそれか?」

 突然目覚め、突然自分の眼を貫き、突然それまでと一線を画す力を発揮したその友人に、しかしオーネストは動じるでもなく呆れ顔を見せる。アズに怒られてすっかり頭が覚めてしまったオーネストからすれば、目の前にこの男がいることは想定の範囲内であるし、謎の自傷行為の理由も凡その見当がつく。

 おそらく、『近づけば近づくほどにいい』のだろう。事実、アズから発せられるそれは余りにも自然に、濃密に、明瞭に、しかし以前より透き通るようだ。より本質的に、アズは『死望忌願』の根源たる部分に触れたのだろう。
 どうやって、何に触れたのかまでは知らない。知る必要もない。それはアズにだけ理解できる領域であり、極端に言えば自分と他人を分ける明瞭な境を越えることだろうから
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