59.第九地獄・死中活界
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その日、バベルの頂上で優雅に紅茶を楽しんでいた女神の手から、唐突にティーカップが零れ落ちた。
その日、喧嘩をしていた二人の神が同時に地を仰ぎ、同じ人間の名前を呼んだ。
その日、隻眼の神が――その日、祈りを捧げる老神が――その日、薬を調合する神が――。
その日、その世界に降臨し、存在するありとあらゆる全能者たちが、オラリオの奥底で胎動した絶対的なそれの片鱗を知覚し、震えた。
オーネストに加勢するタイミングを窺っていたリージュも。
突如として意識が完全に覚醒したユグーも。
ダンジョン内で戦い、或いは移動し、或いは休息していた者たちも。
そして、黒竜とオーネストも――それに気付いた。
「………どう、すっかなぁ」
オーネストがさり気なく守り続けていた静止の氷柱の上で、黒いコートがはためいた。
掠れた声を上げながら、幽鬼のようにゆらりと長身が立ち上がる。
既に戦える状態ではないほど疲弊した体が小刻みに揺れ、コートの袖から血が零れ落ちる――否、血のように見えたそれは、斑な血に染まった包帯のような布切れだった。呪帯とでも呼ぶべきか、『死望忌願』の容貌と同じく包帯には赤黒い染みと共にどこの言葉とも知れない呪文がびっしりと書き込まれ、その鬼気迫る文字に込められた行き場の知れない誰かの意志が空間に伝播する。
いつも手袋もなしに素手で鎖を扱っていた細い指が呪帯に包まれ、アズの素肌が禍々しい文様に隠されていく。顔を覆う寸前まで巻き付いたそれは突如動きを止め、背中にだらりと下がった。その姿はまるで『死望忌願』そのものに近づいているかのような様相だった。
「あぁ……これ、ちょっと足りないな……どうすっかな……」
どこか普段より力の足りない口調で呟いたアズは、足元に転がっていた氷の破片をおもむろに拾い、握りしめる。その切っ先を右目で覗き込み――。
「脚はちょっとアレだから、選ぶとしたら………」
ぶつり、と何かを貫く音を立て、その切っ先を躊躇いなく自分の右目に押し込んだ。
「ぐ、ぅおおおおおおおおおおおおおお……ッ!!かっ、はぁ……ッ!!あっ、ぐがぁ……ッ!!」
思わず目を逸らしたくなる程に常軌を逸した光景。氷の破片はミチミチと音を立ててアズの右目を貫き、中ほどまで侵入した所でゴリッと瞳の底で音を立てて停止する。アズにとっては顔面に金槌で鑿を叩き込まれるような鈍痛が連続して襲ってくるようなものだ。血管や神経を通して心臓の鼓動と同時に押し寄せる激痛の津波にアズは悶絶している。
生気を感じなくなりつつあるその顔面は更に蒼く、まるで自傷によって自らの命を貫こうとしているかのように見える。
「はぁ……はぁ……ふぅぅーー……っ」
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