隠れ里
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ろくなやつじゃない。俺は何も返事をしなかった。
「…では」
軽く会釈して踵を返した。今頃 が怯えている。行って、安心させてやらないと。
「最後に」
男が呼び止めるように声を張った。
「さっき走って行った子、あれは君の子供かい?」
「いえ、弟です」
「名前は?」
―――名前?
「いえ、あの、ちょっと」
名前、名前、名前……おかしいな、生まれた時からずっといたあの子の名前が分からない。分からない。さっき浜辺で貝を拾っていた妹の名前、△△△に連れていかれた妹の名前……。何で!?何で何も思い出せない!?
男は…くっくっくと低く笑ってガードレールから身を乗り出した。
「…そうきたか。面白いな…」
「ちょ…あんた危ない…!!」
「君があの子供達の名を思い出せない、その理由を教えてやろう」
止める暇すらなく、男はさっき の紙飛行機が落ちて行った崖に吸い込まれるように落ちて行った。崖の暗がりから、男の低い声が響き渡った。
「名前がないのだよ、その子たちには」
酷い寝汗で目が覚めた。
そして目が覚めた瞬間思い出した。奉だあれ。何で夢の中では気が付かなかったんだ!?名前がない弟やら妹やら…は、まぁ夢あるあるだが、厭な夢を見たものだ。とても不吉な…風光明美な海辺の町だったというのに、なにか重たいものが無数にまとわりついてくるような、厭な後味が残る夢。…寝直す気にはなれなかった。あの『俺の住む町』には戻りたくない。
「昨日は、お邪魔したな」
出会い頭に、奉がそう云って笑った。
今日も着替えを届けに、本殿の裏の洞を訪ねた。普段なら起きて5分で消し飛ぶような悪い夢が、午後までまとわりついて離れなくて何故か無性に、奉にこの夢の話をしたかったのだ。いつものように傍らで湯を沸かすきじとらさんは、今日も少し首を傾げて俺を凝視する。やはり、慣れない。彼女の凝視は。
「お前絡みか」
「そうとも云えるし、そうではないとも云える」
差し入れに持ってきた水ようかんを、奉は茶が入るのも待たずに食い始めた。一口がデカいので、小さな水ようかんは4掬い程で消えた。完全に俺の分も狙っているので、俺も茶が入る前に一つ確保する。右の背後から白い手が、すっと香りのよい茶を差し出してきた。
「新茶が、入ったのですよ」
「あっ…ありがとう、ございます…」
慌てて受け取ったので茶が波打った。少し手に零したが、大して熱くない。彼女の茶は、いつもぬるめだ。
「―――落ち着かないんだよ、あの夢。妙に感覚がリアルで、正夢みたいなのに誰の名前も思い出せない」
「夢ではないねぇ、あれ」
奉は書に目を走らせながら、二つ目の水ようかんの蓋を剥いた。
「くっそ…開けづらいなこれ。大体、お前は昔から気が利かない。俺の片手
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