試合15分前
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ポーズだ。木下なら俺がこの態勢に入ると気を利かせて控室から出たものだが…
こいつ、俺の周りを超ウロウロする。
そして「これが控室かー」「あっ」「うわっ臭っ」と一人で大盛り上がりだ。ていうか何だ臭って。失礼な。
「これが、ワセリンの匂いかー」
ワセリンは無臭だ馬鹿野郎。
「…それ只の湿布ですよ…お願いだから静かにしてください…」
「えー、だって『明日のジョー』でワセリンの匂いがするって」
「静かに」
しまった。声に苛立ちが混じり始めた。ていうかこいつ控室に入ったことないのか。
「そうそう、毒島選手、お昼ご飯まだですよね!?俺ね、すっごいの用意してきましたよ!!」
井上は朱塗りの弁当箱みたいなのをリュックから引っ張り出し、ドヤ顔全開で机に置いた。
「鰻重ですっ!!インスタで見ましたよ、好物でしょ?これ食べてスタミナつけて下さいね!!」
―――おい。お前。
「俺、もうすぐ試合なんですよね」
「そうですね!スタミナつけて頑張りましょう!!」
「…減量…って、知ってる?」
「……あ、聞いた事ある!!」
……聞いたこと、ある、か。仮にもボクサーのマネージャー代理が。聞いた事ある、か。
「そっかそっか、すみませんでした!…あ、僕梅のど飴持ってます。どうぞ」
「……どうも」
減量最終日、限界の状態で大好物の鰻重を前に梅のど飴を食わされる。…なんだこれ。罰ゲームか。試合前からじわじわくるな、身内からのジャブが。…いや、そもそもこいつは身内か?
どうも、おかしい。事務所はどういうつもりでこのズブの素人を代打に送り込んできたんだ。不覚にも気になってしまった。
「…木下の代理ってことだけど…事務所の方から何か引き継ぎとかは?」
「いえ!僕は木下の友達です!」
………は?
「木下からLINEがあったんです、大事な試合の日なのに熱でダウンって」
「それでね、俺代わりに行ってやろうか?って送ったらまじでウケルよろしくって」
………え?ごめん、俺の頭が悪いのか?俺こいつが何言ってんのかさっぱり分からない。
「で、毒島選手たしかここで試合だなー、って知ってたから俺、皆のために駆けつけました!!」
…からの、ドヤ顔。うわぁぁもう何こいつ腹立つ。もうすぐ試合なのに俺なんでこんなバカに付き合ってんだよもう。
「なぁ、井上君」
「はい!!」
「…木下は、冗談のつもりだったんじゃ、ないかな?」
「………え?」
井上は満面の笑顔で俺の方を振り向いた。『まっさかー』とでも言いたげだ。…試合まであと10分。これ以上引っ掻き回されるのも嫌なので、申し訳ない、大変申し訳ないが、病床の木下に連絡をとるべく携帯を出した。
『………はい』
コール12回目でようやく、木下は消え入るような声で応えた
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