第1回 惰性のサクソフォン 前編
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彼女は、この吹奏楽に向けていたのだろう。
一度自分の情熱に裏切られた身としては、彼女には自分のようになってほしくないと和樹は思った。
取り返しがつかなくなって、あとからそれを悔やんでもどうにもならないのだから。
「(ま、今後会わないだろう人の事は、いいか……)」
先ほど走り去った少女の心配を、頭の片隅に追いやり和樹は部の仲間たちへと声をかける。
あたかも自分も悔しいのだと、全力を尽くした結果なのだと心に言い聞かせ、それを装いながら。
こうして、水上和樹の中学での部活は一度も本気になることのないまま終わりを迎えた。
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真新しい詰襟に袖を通し、和樹は自室の姿見の前に立つ。
今日は高校の入学式。和樹の新しい門出だ。
だからなのかいつもはそこまで気にしない髪の毛や身だしなみを何となしに整えるが、
「なれなことはするもんじゃないな……。」
整えた髪は、お世辞にも整っているとは言い難い。
鏡越しにそれを見て、苦笑を浮かべ髪の毛を整えるのを諦める。
昨夜のうちに準備しておいた荷物を取ろうと膝を曲げた。
「っ!!」
膝が曲がりきる瞬間、左足に鈍い痛みが走り軽くうずくまる。
和樹はそれを感じると、目を落とし自身の左ひざに手を当てる。
和樹はあの怪我をして以来、季節の変わり目にはこうして傷跡が傷むのだ。
医者の話では、この痛みはどうやら体の成長が終わるころにはなくなるらしいが、
少なくともあと5年間は、この痛みと付き合うことになる。
それを考えるだけで、和樹は憂鬱な気持ちになり
あの日の光景を昨日のことのように思い出してしまう。
「和樹ー!まだ行かなくていいのかいー?」
暗くなる思考は、階下からの母親の声によって中断される。
ふと、時計を見れば時刻はすでに8時になろうとしていた。
余裕をもって、登校できる時間としてはギリギリである。
「っと、行く行く」
膝に痛みが走らないよう注意しながら、急ぎ足で階段を下り玄関へと向かう。
真新しい詰襟に、下し立てのローファーに足を入れる。
しっかりと靴を履いたことを確認してから、振り向き母親へと声をかける。
「それじゃ、いってきます。」
玄関の戸を開けて、もう一度荷物を背負いなおす。
暖かな太陽に照らされながら、ゆっくりと駅へと歩き出す。
向かう先は、京都府立北宇治高等学校。
水上和樹の高校生活は今日なんの代わり映えもなく、
いつも通りに始まりを告げたのだ。
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