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蒼き夢の果てに
第6章 流されて異界
第154話 唯ひとりの人
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だ一人。唯一の存在」

 何処にも代わりになる人間などいない、唯ひとりの人。

「誰からも顧みられることもなく、誰からも愛されることもなく、ただ其処にあるだけの日々」

 そうある事が当然だと考えていたあの頃。
 その永遠に続くかと思われた孤独な日々から救い出してくれたのはあなた。
 女性にしては少し低い、しかし、透明な声。この瞬間、彼女がそっと触れた頬を。言葉を紡ぐ薄いくちびるを。そして、何かを望むかのように僅かに潤んだ瞳を何時も以上に自らが意識している事を感じた。

「あなたはその事に対して。わたしに対しては誇っても良い」

 しかし――
 一番と唯一か。似ているが微妙に違う表現にやや自嘲に近い笑みを口元にのみ浮かべる俺。大丈夫、未だ心に余裕はある。色々な意味で未だ俺は完全に追い詰められている訳ではない。

「あなたにはわたしがいる」

 彼女はそう言ってから、俺の手を自らの手で優しく包み込む。
 そして、

「ふたりなら大丈夫」

 一歩……いや、半歩俺に近付きながら、普段、俺が良く口にする言葉で閉める有希。何故だろうか。口調も表情も普段通りの無に等しいソレなのだが、何故かこの時の彼女の言葉は、表情は酷く優しげに感じる。
 おそらく、普段はあまり感じる事のない包み込まれた手の温かさ。彼女の生命の証と、今宵。十二月二十四日と言う夜が持つ魔力の所為だったのかも知れない。

 彼女の視線に耐えられなかった……訳ではない。訳ではないのだが、しばし天上を仰ぎ見る俺。そこには何時も通りの、決まった時間に昇り、決して満ち欠けする事のない妖星……。様々な神話や伝承で世が乱れる際に現われると語られている二つ目の月と、古来より天后と称されて来た地球の本来の衛星、ふたりの女神の姿が存在していた。
 確かに特殊な能力がある人間にしか見えない月がある段階で異常な……と表現すべき状況なのかも知れないが、それでも今宵は何の危険も感じる事のない、産まれてからこれまで暮らして来た世界に訪れていた平和なクリスマス・イブと何ら変わりのない夜。

 ただ……。
 ただ、今宵、世界は美しい。少なくとも今まで俺が知っていた。考えていた以上には。

 それなら、……と、短く告げる俺。視線は再び彼女の元に。
 もっとも、今宵は俺自身も多少……ドコロではないぐらいの失調状態だったのかも知れない。すべての家族を失って以来、ずっと纏い続けて来た鎧を一瞬で剥がされ、普段ならば、例え有希であったとしても心のここまで深い部分にまでは踏み込ませる事はない……はずなのに、あっさりと自らのテリトリー内に侵入を許した挙句、その状態を維持されたとしても心が何の警告も発しようとしないのだから。
 ただ、何にしても……。
 何時もと同じように少し姿勢の悪い形
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