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フロンティアを駆け抜けて
北風と太陽
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「簡単だよ。どこにでもいる女らしく――家族のこともポケモンのことも忘れて、誰かに身を委ねればいい」
「え……?」


優しいアマノの言葉に、優しさ以外の異物が混じる。それは白雪姫に渡されたリンゴのように、体に入れてしまえば二度と戻れなくなる毒だった。いや、その毒は気づいていなかっただけで既にジェムの体を回っていた。疑問の声をあげるが、否定することが出来ない。

「私が君の凝り固まった心を溶かして、私が女の子の幸せを教えてあげよう。――何も不安に思うことはない」

アマノのカラマネロが瞳を光らせる。するとジェムの頭がぼうっとしてくる。今ジェムの心の中に浮かんでいるのはアマノの言葉と……普段はバトルの闘争心へと昇華されている、少女としての欲求。

「さあ――繰り返せ。私の、アマノの言葉に不安を覚える必要はない」
「この人の言葉に、不安を覚える必要はない……」
「私の言葉に身を委ねていれば幸せだ」
「この人の言葉に身を委ねるのが、幸せ……」
「そう、お前は私の言うことを聞くのが幸せ――だからお前は、私に全てを委ねる」
「私は、この人に全てを委ねる……」

アマノの言葉がすべて正しいと錯覚してしまう。完全に今のジェムは、アマノとカラマネロの催眠術にかけられていた。

「く、くくくく……チャンピオンの血を引くものといえど、所詮は小娘か」
「……」

もはやアマノの声に、態度に先ほどまでの優しさはない。野心と征服欲に燃える一人の男がそこにいた。彼はジェムを餌を見る蛇のような眼でねめつける。

「お前には望んだとおり『チャンピオンの娘』として、私の計画の役に立ってもらう……だがその前に、少し味見をするとするか。立て、ジェム」
「……はい」

アマノはソファに座るジェムを立ち上がらせ、その顎をくい、と持ち上げる。まるで良いワインでも扱うような『物』に対する態度だが、ジェムは陶酔した表情でアマノを見つめている。若い女が自分を熱い目で見ていることはアマノの欲望を大いに満足させた。

「では、いつものように……頂こう」

ジェムの細い体に手を回して抱きしめる。ジェムの体は無抵抗にアマノに身を預けながらぼんやりとした頭でこんなことを考えていた。


(はじめてなのに、いいのかな……でも、しあわせ……たたかってつらいおもいをするより、ずっと……)


ジェムの唇が奪われようとしたその時。部屋の外で、凄まじい破壊音が鳴り響く――
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