第二章
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「ずっとマエストロの仕事を手伝わせてもらってです」
「それでかい?」
「楽しかったです、食べることも出来ましたし」
「私も食べることが出来た」
ミッターマイヤーの言葉に応じてだ、ブライテンも笑顔で返した。
「歌えたお陰でな」
「この五十年の間ですね」
「私は他に食べる方法があったかというと」
歌手以外にというのだ。
「思いつかない」
「歌を神に授けてもらってこそ」
「食べて、生きていくことが出来た」
「神に感謝しないといけないですね」
「全くだ、では最後の最後までだ」
「神に感謝しつつ」
「歌っていこう」
こう言ってだ、ブライテンはすぐに引退を発表した。それを受けて驚いたクラシックのファン達は殆どいなかった。
その状況を見てだ、ブライテンは仕事を進めつつミッターマイヤーに言った。
「私も歳だからか」
「そのせいで、ですね」
「引退を言ってもな」
「当然、いや遂にという感じですね」
「その時が来た、だな」
「永遠に歌える歌手はいません」
ミッターマイヤーはブライテンにこう言った。
「七十過ぎても歌えただけでもです」
「凄いことか」
「ですから」
「私が引退してもだな」
「来るものが来た」
「そういう受け取りだな」
「では引退の時まで」
ミッターマイヤーはブライテンにまた言った。
「歌いましょう」
「そうしていこう」
「是非」
こう二人で話してだ、そのうえで引退までの仕事を進めていった。彼は最後の最後まで彼のベストを尽くした仕事をしていった、ミッターマイヤーもそれは同じだった。
そしてだ、遂にこの時が来たのだった。
引退はウィーン国立歌劇場においてだ、世界の歌劇場の中でも最高峰だ。
その白亜の見事な、宮殿にさえ見えるまでの壮麗な歌劇場の前に車の中から降り立ってだ、ブライテンは車を運転してくれて彼と共に立っているミッターマイヤーにこうしたことを言った。
「最初この歌劇場に来た時はだ」
「歌手としてですね」
「信じられなかった」
「夢の様だと言っておられましたね」
「歌手になった時はとてもだ」
それこそだったというのだ。
「この歌劇場で歌えるとは思っていなかった」
「夢にもですか」
「いや、夢では見た」
この歌劇場で歌う時はというのだ。
「だが現実にはな」
「とてもでしたか」
「思えなかった、だからオファーが来た時は信じられなかった」
「伝えた私に間違いかと言われましたね」
「実際にそう思った、四月一日かとも思った」
「お話したのは五月でしたが」
「月を間違えたのかと思った」
そこまでというのだ。
「本当にな、そして舞台に立ってだ」
「フィガロの結婚のアルマヴィーヴァ伯でしたね」
「その役はずっと歌ってきたが」
「それで
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