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霊群の杜
飛縁魔
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女彼女、とか云っておけば良かったんだがねぇ」
奉は害のない妖に対してはビックリするくらいノーガードだ。その奉が云うのだから…だが。
「…だが凄く厭な感じもしたんだよなぁ…どういう謂れの妖なんだ」
奉はひどくつまらなそうに語り始めた。今より少しだけ昔、くだらない迷信が今よりずっと重要視された時代のことだ。丙午の年に生まれた女は火事を起こす、男を殺す、などと云われ…少なくない数の女の子が、生まれてすぐに〆られ、命を絶たれた。
「皆、普通の子達だったねぇ。場合によっては将来、そうなる子もいたかもしれない。だがどの年に生まれた子でもそれは変わらないはずだった…憐れに思った親や親族が、玉群神社にも絵馬を提げにきた。何百枚と」
その子達の念が凝り、向けられた畏れや憐れみを取り込み、ああいう存在になる。人の生活に紛れ込む以外、大した力はないし、特別に悪い事はしない…奉はそう続けた。
「ただ、入り込み易い『歪み』が生じる場所は、凶事も呼び込み易いのだ。だから飛縁魔には『憑かれた男を亡ぼす』などという悪評がつきまとうことになったんだねぇ」
「……死んだあとも悪評に苦しむのか」
「なに、よくあることよ。だが、だからこそ引き留めるべきだったねぇ。居ればどの程度の凶事が、いつ迫るのかの目安くらいにはなったし、なにより」
軽いノックが響いた。母さんが今更、珈琲を持ってきたらしい。盆には大量の菓子パンも乗っていた。朝飯ということだろうか?
「お、やった。ご馳走だなぁ」
奉が小躍り状態で盆を受け取った。少し開いたドアの隙間から、小さな影が滑り込んできた。
「小梅たんけんたいは、パンのやまをはっけんした!」
云うなり小梅は小さな手でチョココロネをひっさらい、奉の膝にしゅるんと納まった。
「小梅ちゃん!」
母さんは軽く嗜めるような、でもそこまで厳しく云うつもりもなさそうな口調で一応、声を掛けた。奉が満面の笑みで、あ、大丈夫ですからむしろこのままでほんと大丈夫ですからなどと取り成す。なんかもうこいつ、きもい。
「ばぁば!小梅にはリンゴジュースをおにゃいします!」
「パンには牛乳です!」
そう云いつつ、トントンと軽快な音をたてて階段を降りていく。あのくそ厳しかった母さんも、結局なんだか甘いばぁばになったものだ。
「…なにより、居場所さえあればあの子は幸せなのだ。あの子が目を付けたということは、好きな女も、当面は女を作る予定もないのだろう?」
「うるせぇな」
事実その通りなんだが…え?だが…
「彼女は、何故出て行った?」
もしや俺に彼女が出来るフラグ!?
「この子がな」
ぽん、と小梅の頭に手を置く。
「結貴くんと結婚するのは小梅なんだから出ていけ、と追い出したんだ。お前も隅に置けないねぇ」


………ちっくしょう。


くっくっく…と
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