ひだる神
[4/5]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
にした奉の表情は、見えない。押し殺したような声が、洞を満たした。
「声が、聞こえてはいないか?」
「声?…お前の声か?」
奉が軽く息を吐く音が聞こえた。
10分後、俺たちはチェーン店のうどん屋にいた。席を見つけて腰をおろした瞬間から俺の両頬を包む出汁の香りに箸を割る時間ももどかしく、温かいうどんをすする。俺が食っている間、奉はしげしげと俺の様子を伺っている…ように見えた。
「…ふぁう」
人心地ついたら変な声が出た。大盛の丼は空になり、一緒に頼んだ鶏天ぷらと稲荷寿司はもてあまし気味だ。腹が減り過ぎていたせいで余計に頼み過ぎた。
「まだ、腹は減っているのか」
奉が探るような目をして聞いてきた。…ああそうか、残った鶏天を狙っているのだな。
「鶏天一個やる」
「…もらうが」
奴は鶏天をひょいとつまんで、自分の丼に落とした。
「信田は『ひだる神』に憑かれた」
「ひだる神?」
「知らんか?」
「聞いた事はある」
餓鬼憑きみたいなものだろう?山道とかで急に腹が減って動けなくなるという。現象も有名なら対処法も有名だ。何でもいいから、口に入れたらいい。その程度の妖だと聞いているが…。
「そういう『ひだる神』はそれでいい。飢えて死んだ者達の怨霊が凝って顕れたものだから」
満たしてやれば離れる。だが…そう呟いて、奉は口を引き結んだ。
「あれは、質の悪い方のやつだ」
「餓死者の怨霊よりも!?」
餓死って相当悲惨な死に方だぞ!?もっと酷い死に方した奴がいるのか!?
「まず、元々が人ではない」
山の神が、怨霊となって顕れたものだからねぇ…と呟き、眼鏡を曇らせてうどんを啜った。
「それも、祀られず朽ちた山の神。昔は祀られていたらしいがねぇ…よくある事よ。比叡山の台頭に廃仏毀釈。人は時の移り変わりで変幻自在に信仰を替える」
「…へぇ」
「だが、かつて祀られていたものが消えるわけじゃないんだなぁ。かつて在ったもの達は己を祀る人々を喪い、飢えながらもさらに在る。…そりゃ、地獄だ。餓死のレベルじゃない」
飢えて飢えて仕方ない…そう云って、十分ふやけた鶏天を掬いあげ、齧る。
「思うに信田は、そんな神の怨霊の逆鱗に触れるような事を、何かしてしまったんだろうねぇ。だから、強引に依代にされた。使い捨てのな」
信田はそんな奴では…と言いかけて口をつぐむ。…教室で会うだけだった信田の事を、俺は深く知らない。
「飢えた山の神は依代を得て『供物』を強引に取り込む。何千年、もしくは何万年もの空白を埋めるように、がむしゃらに。だが足りない。いくら喰っても満たされない。そのうち使い捨ての依代は、綻び始める…」
そこで新しい依代を探す。信田がお前の『供物』を奪った時点で、お前が次の『依代』としてロックオンされたんだよ…などと厭な事を云って出汁を啜
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ