ひだる神
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、そこまで肥えた?
「わかんねぇ。…喰っていた」
それだけ呟くと、奴はD定食を貪り始めた。ここの学食で『D定食』といえば即ち『フライのドカ盛り』である。ありとあらゆるフライを適当にぶっ込んで申し訳程度に添えられた千切りキャベツとポテトサラダで野菜を食った気にさせてくれる、云わば腹を満たすだけの定食。しかも米は大盛…。どうしてしまったのだ、信田。
「喰っていた…って、2か月も?」
信田は答えない。頷きすらしない。
大人しい男だった。
同じ授業を選択していることが多かったので、偶に言葉を交わすようになった。そういう知り合いは数多くいる。信田はその中の一人だ。あまり自分から話しかけてくるタイプではなく、誰にも話しかけられなければ窪んだ眼でじっと机を眺めている、そういう男だ。正直、今なんでツレが居る状態の俺の横に座ったのか分かりかねる。
「Dいったか。信田」
奉…お前はお前で何でさっきからD定食にこだわる!?
「腹が減って…どうにもならないんだ…」
―――箸が。
俺の皿に伸び、食いかけのハンバーグを掠めた。あり?と思った刹那、ハンバーグは信田の巨躯に吸い込まれて消えた。
「……え?」
突如理不尽にメインのおかずを奪われた怒りよりも何よりも、俺は。
「……次は、青島か」
残念そうな、憐れむような口調で信田が呟いた。何故か、そろりと何かに背筋を撫でられたような悪寒が走った。向かいでB定食を食っている奉が、咀嚼しながらじっと俺たちを見比べている。…煙色の眼鏡が光を弾くや否や、奴は急速な勢いで飯を掻きこみ始めた。…あ、こいつ取られることを警戒し始めたな。
「な、なぁ信田…体に、悪いぞ」
そう声を掛けた瞬間、奉が立ち上がった。完食したらしい。トイレにでも行くのだろうか。無言で大盛の飯を掻きこむ信田に不吉なものを感じてもう一度声を掛けようとした時、奉が俺の肘を掴みあげた。物凄い力だ。
「痛い、何だよ」
「まずいねぇ、こりゃ」
「まずさに納得して食ってんじゃないのかよ」
「B定食の話じゃない。…もう行くぞ」
「いや見ろよ、俺まだ食ってる」
「信田に呉れてやれ」
「いや何云ってんだ、これ以上食ったら」
俺の言葉が終わるのを待たず、奴は古い羽織を翻して席を立った。俺の肘を引きずりながら。何がなんだか分からぬまま、俺も席を立つ。
「え、あのな、信田!!体に悪いぞ、もうそれ以上食うな!!」
最後にそれだけ叫んで、走る羽目になった。信田の口がもぞもぞと動いたが、何を云ったのかは分からなかった。
「おい、お前も何だよ!俺まだ食べてただろ!?」
何だか分からないが俺の平穏な午後はぶち壊しだ。学食の入口を出た辺りで、不満が爆発した。
「忘れろ」
「何を!?」
「あいつはもう助からない」
「は!?」
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