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逆さの砂時計
Side Story
少女怪盗と仮面の神父 32
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間、無自覚に強固な暗示を使っていたようで、本人が無意識を被暗示状態に固定しているんです」
 「要するに?」
 「「シャムロックはミートリッテのもう一つの人格。貴方の事など知らない。匂いを嗅げば眠くなる。この状態こそが正しい」と、脳が学習したんですよ。匂いに反応するのは彼女自身の意思……思い込みであり、彼女がそれを自覚しない限りは、暗示が無くても条件が整った時点で眠ってしまいます。ご覧の通り、効果は若干薄いですが」
 「……なるほど。単純に、寝惚けてる脳を叩き起こしてやれば良いんだな?」
 「ええ。ですが、生半可な遣り方は通用しませんよ。何せ、暗示を暗示だと理解していないのですから」
 (暗示……あん、じ……?)
 朧げな意識の片隅で、シャムロックが仕事前に必ずしていた自己暗示を思い出す。
 薬草だか毒草だかの匂いに含まれる成分ではなく、あの暗示が、今の眠気に関係してる?
 「こいつ、すんごい律儀な性格してるしなぁ。これを使えば多分大丈夫だろ。本当は奴ら用に持って来たんだが……まぁ良い。聴こえてるか? ミートリッテ」
 男性が片膝を着いてミートリッテの顎に手を掛け、軽く上向かせる。輪郭を失った視界が、きつくなった匂いで更に滲んでいく。
 「ほい。飲め」
 「……?」
 硬質で冷たい物を唇に押し当てられ、柔らかな液体が口内にとろりと流れ込んで広がる。
 ……何かの果汁だろうか? 仄かな酸味が舌を刺激して唾液の分泌を促しつつも、まったりしていてとても甘い。甘くて甘くて……もう、目蓋を開けていられない。
 「どうだ。旨いか? これはな、桃の果実から搾り取った果汁だ」
 (も……も……?)
 「色の名前としてなら聞き馴染みはあるだろ? あの「桃」の実だ。先の大戦後、西の大陸からバーデルの北西部を経由して渡来した果物だが、現在のアルスエルナでは限られたごく一部の地域でしか生産できてないし、水分が多くて傷みやすい所為で輸入量も他の果物に比べると極端に少ない。よって、国内では全体の一割も流通させられない、希少且つ滅っ茶苦茶高価な品物なんだよな。この果汁にしたって、本来の出荷時期には早い段階で取った物だし」
 びく!
 「どれくらい希少かって言うと……侯爵が二年先まで入荷の予約待ちをしてる程度か。値は一個……」
 びくびくびく!!
 「で。そんな馬鹿高い桃の果汁を、ここ数日の間、惜しみなくお前に費やしてたワケだが。代金の請求先は何処だと思」
 「いやああああああああああああッッ!! 止めてお願い何でもするからハウィスにだけはこれ以上金銭的負担を増やさないでぇぇえええええええッッ!!」
 涙目で。というか、完璧に落涙しながら。ミートリッテは頭を抱えて弾かれたように立ち上がった。真ん丸な瞳が絶望一色に染まっている。
 「ぅわー、面白い
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