なんでもない日常風景(1)
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「一の姫が尊大に、『おはじめになって』と宣言す」
高らかなその語り声は、彼女に威圧感を纏わせた。
「二の姫様は優しい声で、『たくさん入れてね ナンセンス!』」
王女の風格すら思わせる今の彼女は、ナンセンスにもたった今読んでいた本のページを引き裂いた。
ルイス・キャロル著、『不思議の国のアリス』の冒頭詩「黄金の昼下がり」。
彼は勿論それを知っている。次に続けられる言葉も知っている。
故に彼は、彼女が言を告げる前に叫んだ。
「やがて話の泉は枯れて、語り手くたくたもう限界!」
「……お話を飛ばさないでちょうだい」
「ナンセンスがお望みだったんでしょ?三の姫様もお話が切り裂かれて満足じゃないか」
「やられたわ。……で、いつになったらこの疲れを癒してくれるのかしら。」
声を出すのも辛そうな司書は、その場にへたりと座り込んだ。"バルニフィカス"の朗読は内容によってあらゆる力を含むため、語り手であった彼女はその通りくたくたになってしまっている。
「冒頭詩に疲れを癒すような描写はないよ?」
「知ってるわよ。……ああ、寝れば疲れが取れるかもね」
「書庫では寝せないよ、運ぶの大変なんだから」
「私に這いずって自分の部屋まで戻れと?酷なことを言う弟ね」
「……」
「『物憂げな乙女を心進まぬ床へ……』」
「それだめ!……もう、酷なことを言う姉さんだ!」
冒頭詩の書かれたページ……即ち先程司書が引き裂いたページを、ペーパーナイフでさらに引き裂く。力を持たなくなった紙片をダイニングへ持っていき、すっかり暖炉に投げて燃やしてしまうと、司書は何事もなかったかのようにすっと立ちあがり弟の後を追った。
「どうも。持つべきものは魔導師の弟ね」
「ところで、明日は……」
「あなたが勝ったから、明日書店ではあなたが何を買うか決める。欲しいものはあったけど我慢するわよ」
「やったー!持つべきものは姉さんだね!」
とても嬉しそうに少年は姉の腕に抱き着く。姉は少し恥ずかしそうな様子だったが、不平は言わずわしゃっと彼の頭を撫でてあげた。
「ところで、今日のおやつは何かしら?」
「……小さいケーキ」
「分かったわ、干しぶどうで『EAT ME』って書くつもりでしょう?」
「ああもう、正解!じゃあ今日の夕食も分かってるの?」
「大方ね。ま、楽しみにしてるわよ。」
そう笑って、司書はダイニングを後にした。
「……姉さんのいじわる!やっぱり手加減してくれてた!」
言葉と思考ではやはり敵わないことを改めて思い知った少年は、姉が出ていった扉の方へそう言い放った。
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