暁 〜小説投稿サイト〜
霊群の杜
じゅごん
[3/4]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
はあっという間に底を尽き、犬猫も牛馬も食べ尽し、あとは干からびて死ぬのを待つばかりになった頃…人々は『猪』を狩った。


「―――当然、それは文字通りの『猪』ではない」


生きた人間に猪の皮を着せ、あれは猪だ、人間ではない。と皆に、自分に言い聞かせ『獲物』を腑分けし、貪り食う。凄惨な、生き延びる為の秘儀。それは形を変えて現在にも『行事』として残る。
「その大昔の人肉食とこいつら、何の関係がある」
クーラーボックスを顎で指す。ボックスは妙に静かに、禍々しい気配だけを放つ。
「ここからもう少し…いや、ずっと南に行った辺りになるが」


遥か昔、ジュゴンの寄りつく浜があったという。


そういう浜では、稀にジュゴンを食う風習もあった。
「その、人によく似た風体からか、ジュゴンを食すには色々と手順…というか決まり事が厳格にあってな。まず、浜で調理しなければならない。そして食えるのは男だけだ。女は絶対に、食ってはいけない。それと…家に持ち帰ってはいけない。持ち帰ると、その家の主婦が死ぬ」
「主婦!?」
「妙に、限定的だよねぇ」
奉がにやりと笑った。
「さっきの猪の話と合わせて考えると、なんだか話の輪郭が見えてきただろう?」


漁村とて、飢饉とは無縁ではいられなかったのだろうねぇ…と呟いて、奉はクーラーボックスの中を昏い目で眺めた。妙に静かだ。水の跳ねる音すらしない。
「見ろ。こいつら大半が、女だ」
「見ない」
あの虚ろな目が俺を一斉に見つめるのか。そんな厭なクーラーボックス、絶対に覗き見るものか。
「ジュゴンに見立てられた女にジュゴンの皮を被せ、沖で船から落として銛で突く。それを浜で焼き、秘密裏に食らう…そんな事があったのやら、なかったのやら。ま、本当のところは分からんがね」
再び釣り竿を振る。昏い海に針が落ちる。
「本人たちに聞くすべは、もう無いからねぇ」
読み終えた本を傍らに置き、奉は羽織の袂から、本をもう一冊取り出した。
「じゅごんは飢饉の度に増え、生者を引きずり込もうとする。話が通じる相手じゃないからねぇ、こいつらがどうして生まれたのか、何故恨むのか、さっぱり分からん」
また、ぬらりと浮きが沈む。…何だ、入れ食いだな。
「ただ、こいつらは『海難事故』の匂いを嗅ぎつけて集まってくる」
「……ここで事故が起きるのか」
「確定ではないけど、起きるかもねぇ。…これだけ居るんだから」
釣り糸には、新たなじゅごんが下がっていた。



「……お前、何でじゅごんを釣るんだ」
だいぶ、日が高くなってきた。クーラーボックスは既に、それ自体が呪物のように禍々しい気配が凝り始めていた。
「多いだろ、これ」
「あん?」
奉は再び本を置いた。そして竿もゆっくりと傍らに置くと、袂から小さなキャラメ
[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ