56.第六地獄・凶暴剽界
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一方的に嬲られる今の惨状を招いているのか。
(無様――)
無数の真空の刃によって既に額や体の一部は切り裂かれ、どくどくと心臓の鼓動に合わせて暖かな命の源が零れ落ちていく。骨や筋肉は軋み、自分の体が少しずつ死へと歩み寄る虚脱感が背中に伸し掛かる。
しかし、この程度は傷とも呼べないし危機とも言えない。これまでの黒竜との死線に比べれば掠り傷と言って差し支えない程度の裂傷が何だというのだ。黒竜を前にしてこんなにものんびり戦っている自分自身への苛立ちさえ湧き出てくる。
(並び立つ存在なんぞ気まぐれで連れてくるからこうなる。アズの口車に安易に乗るから、余計な事柄ばかり頭を過って戦えない。これだから俺は愚かだというんだ)
これまではアズがいて、黒竜も予想外の行動をし、リージュを庇うような行動をしていたためにギリギリでそのラインを踏まないまま戦いを進めていた。それはオーネスト本人も然程自覚がなかっただろう。アズライールやリージュという存在は、オーネストの心に引かれた最後の一線を越えない為の枷として働いていたのかもしれない。
そのリージュもアズも、これ以上は庇い切れない。いや、もしかしたらもう死んでいるかもしれない。そもそも黒竜相手に「庇う」などと甘ったれた思考をしていた自分が異常だった。今まで一度も突き破ることが出来なかった理不尽の権化の命を奪うには、「護る者」ではなく「奪う者」でもなく「殺す者」にならなければいけないのに。
(誰が行動を共にしているとか、誰が味方だとか、そんなことはもう忘れろ。あいつらの命の在処はあいつらが決めることなのに、俺がその行く末を気にするのはもうやめろ)
言い聞かせるように――まるで「きっと生き残るから」と自分に刷り込むように、しかし己がそんな都合のいい幻想を信じているという事実を認めたくないかのように、忘れろ、と何度も何度も自分の心に叫び続ける。
リージュが黒竜に攻撃をしたのも、アズが鎖を展開して生き延びたのも、オーネストの頭の中で「自分に関係のない事象」と切り捨てられた。そうだ、これでいい。
(本来オーネスト・ライアーが考えて気にするような事柄ではない。オーネスト・ライアーという男は致命的に盲目で、決定的に愚かしく、ただ目の前に存在する現実だけを薬物中毒者のように求め続ける世界最悪の屑――おれは、つまり、そういう存在だったろうに)
くそったれた世界で、くそったれた存在が暴れて果てて、死ぬ寸前の末期の最期の瞬間に、運命に向かって「俺は最後まで自分のやりたいようにやってやったぞ、ざまぁみろクソッタレ」と吐いて捨てられる自分でいればいい。
アズは一日くらい未来をねだってもいいと言った。
だが、俺は殺す者。過去も明日も現在も、貴賤の区別なく粉々に砕く。
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