第三章 贖罪のツヴァイヘンダー
第36話 名前
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――帝国に聳える、巨城の中で。
(生きていてくださった……勇者様が……)
銀髪の姫君は、帝国城の深窓から青空を見上げ、かつて求め続けた少年の姿に想いを馳せていた。
あれから六年。彼は、どのように暮らしていたのだろう。なぜ今、王国に現れたのだろう。――どのように、逞しくなったのだろう。
想像するだけで身体が熱くなり、腹部が熱を帯びてくる。皇女フィオナの胸中はすでに、彼への想いに満たされていた。
(会いたい……なんとしても。……けれど)
しかし、ただ浮かれているわけではない。その表情には、憂いもあった。
その原因は、彼が帝国に帰らず、王国に身を置いている――という点にある。
優しい彼のことだ、敗戦を迎えて疲弊している王国を狙う賊から、人々を守るために戦っていたのだろう。……だが、それにしても六年は長過ぎる。
このまま帝国に帰らず、王国に腰を据えるつもりなのか。それが、彼の望みなのか。
(私は……あなたの思うままに生きていて欲しい)
彼を想えば想うほどに、フィオナは自分から彼が離れていくように感じていた。あくまで彼自身の想いを尊重したいフィオナにとって、今の状況は限りなく苦痛なのだ。
(でも……本当は。私を、選んで欲しかった……)
故郷にも帝国にも帰らず、彼はどこに向かうのだろう。愛する勇者の行く末を憂い、彼女の瞳は空を映す。
――そうすることで、どこかで彼と繋がれるような、気がしていたから。
(……彼のことだ、罪を償うために王国に身を置いているのだろうが……生きていると判明した以上、放っておくわけにはいかぬ。早々に、迎えねばな)
そんな娘の横顔を見つめ、強大な帝国の頂点に立つ皇帝は、眉を顰めて勇者の像を見下ろす。終戦から六年を経た今も、その巨大な像は帝国の象徴として、人々の前に残されていた。
(タツマサよ……今度こそ、そなたを独りにはせぬぞ)
勇者が生きていた、という報告は今のところ内密にされている。あの場にいた貴族や皇族、衛兵達を除き、真相を知る者はいない。
姿を消したヴィクトリアのことも、今は「無事に王国へ出発した」ということにしている。無闇に事を荒立てて、民衆を混乱させないための配慮であった。
だが、差し向けた追跡隊の奮闘も虚しく、彼女の行方は未だに掴めない。しかも、王国では不自然な賊の襲撃事件が発生したという。
もしヴィクトリアがそこまで辿り着いているとすれば――彼女と勇者がぶつかる可能性も出てくる。勇者の剣の実態を知らない皇帝も、彼女が纏う邪気に不穏な予感を覚えていた。
(頼む、無事であってくれ……!)
彼をこの世界へ召喚した者として。娘の幸せを願う父として。皇帝はあの日見送った少年の背を想い、天へ願うのだった。
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