第一章 邂逅のブロンズソード
第11話 離れていく心
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雑言は続いていた。
そうして騒動の火種が断たれ、再び場は静けさを取り戻したが――すでに辺りに漂う不穏な空気は、取り返しのつかない重さに達している。
ババルオが「帝国勇者」と呼び、憎しみの視線を注いだ男――ダタッツ。
彼の全身には、王国に住まう全ての人々の「畏怖」の眼差しが注がれていた。
王国に住まう全て。そう、ハンナやルーケンも、その例外ではなく。
彼の側には、王国人は一人も居なくなっていた。
今しがた証明された彼の強さが、「帝国勇者である」という言葉に圧倒的な説得力を持たせていたのだ。
「う、そ……ダタッツ、さん、が……!」
「帝国、勇者……!?」
あれほどダタッツに近づいていたはずの二人の心が、弾かれるように離れていく。悍ましいものを見る眼で自分を見つめるハンナとルーケンを見遣り、ダタッツはその変化を悟っていた。
ダタッツは帝国勇者と呼ばれた、悪魔の尖兵だった。真偽を問わず、その噂が民衆を通じ、城下町一帯に轟くのは時間の問題だろう。
(自分と同じ年頃の息子を奪うのは、どんな気分だ帝国勇者……!)
帝国勇者と解るや否や、怯えるハンナを抱き寄せ、憎しみの視線をダタッツに向けるルーケン。怒りや哀しみをないまぜにしたその胸中は、強く表情に現れている。
その眼差しを浴びたダタッツは、眉を顰めて瞼を閉じ――沈黙を貫いていたが。
「……じゃあ、バルスレイさん。ジブンは、もう行きます」
「ダタッツ……」
たった一瞬の苦笑いを、バルスレイに向け――踵を返して行く。自分がここに居てはならない。そう、眼差しで語りながら。
そうして、立ち去ろうとする彼が闘技舞台を降りる瞬間。
「帝国勇者が……帝国勇者が生きてたんだ!」
「にっ、に……逃げろぉおぉ! みんな殺されちまうぞぉおぉぉっ!」
「きゃああぁあ!」
彼の進行方向に立っていた民衆が、悲鳴を上げて散り散りに逃げ出して行く。かつてダタッツに賞賛を送っていた人間全てが、蜘蛛の子を散らすようにこの場から離れようとしていた。
そんな逃げ惑う人々の背を、ダタッツは静かに見送る。諦めの表情にも似たその面持ちは、民衆の人影が消えかけた頃に、ダイアン姫に向けられた。
「……申し訳、ありません。ただの旅人として力になれることがあれば、と思っていたのですが……やはり、ジブンが来るべきではなかったようです」
「……否定を、しないのですね」
「ジブンから語るつもりはありませんでしたが、嘘まではつけませんから」
警戒を絶やさず自身を睨みつけるダイアン姫に対し、ダタッツは苦笑を浮かべたまま白状するように語る。己を象徴する「帝国勇者」の名を、ありのままに受け入れて。
「いいのか。お前は、それで……」
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