第二十八話 犠牲の上に成り立つもの
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鳳翔が自ら報告してきた。彼女はとても強い。少なくとも俺にはそう見えた。だが、その顔は翔鶴の時、それ以上に憔悴しきって見えた。俺は彼女に絶対に死ぬなとくぎを刺し、死ぬつもりなら俺を殺してからにしろ、とさえ念を押した。
やはり俺が行くべきだったか。提督の職務など捨てて、部下たちを殴り倒してでもイージス艦の一隻にでも乗り込んで指揮をしていれば――。そうなれば、鳳翔に皆に余計な負担をかけさせずに済んだのだ。
こんな椅子に座ってただただ命令を発し、艦娘たちを死地に追いやるだけの提督は人殺しだ。
そう、俺は・・・・人殺しだ。
* * * * *
紀伊は何かに動かされるように夜中宿舎を出て、広場のベンチに座っていた。そこからは埠頭がよく見える。
美しい月夜だった。穏やかな月が波を照らし、淡い青い光が紀伊や広場の草木を照らし出している。
以前にもこんな夜があった。悲しい事、悩み事、そういうものがあるときに限って、空はなぜかやさしい様相をしている。
「・・・・・・・・。」
紀伊の耳がかすかに動いた。どこからかすすり泣きが聞こえたような気がしたからだ。綾波の死は全艦隊に衝撃を与え、亡骸を抱えて戻った鳳翔に誰も声をかけられなかった。彼女は長門と陸奥に助けられるようにして司令部に入っていった。そしてその後はだれも鳳翔たちの姿を見ていない。付き添っていた葛城の話だと、鳳翔は一言も口を利かなかったという。怖いくらいのこわばった表情に葛城は鎮守府到着までついに声をかけられなかったのだと言った。
「綾波さん・・・・。」
紀伊は綾波のことを思い返していた。第七艦隊の会議室で初めて会った時の事、任務の事、戦闘の合間の会話、非番の時のお茶会のことなど――。
だが、もうそれは思い出にすぎなくなった。これからは生きている綾波の姿を見ることも、声も聞くこともできない。
紀伊が深い吐息を吐いたとき、不意に誰かがそばに立ったのが見えた。
「・・・・・・・。」
顔を上げると、そこには瑞鶴、榛名が立っていた。
「瑞鶴さん、榛名さん・・・・。」
座ってもいいか、とも聞かずに二人は無言で紀伊の左右に腰を下ろした。3人は無言で目の前の埠頭を見つめ、波音を聞いていた。長い・・・長い時間がただ過ぎ去っていった。
「綾波は・・・・。」
不意に瑞鶴が口を開いた。
「生きていればいくつだったのかな・・・・。」
「えっ?」
夢から引き戻されたようにはっとした紀伊は瑞鶴の横顔を見た。こわばった横顔だった。
「艦娘だって前世の生まれ変わりだもの。ここに生まれてからいったいどれくらいだったんだろう・・・・綾波。」
「たぶん・・・まだ10代・・・・。」
榛名がつぶやいた。10代で戦場に立ち、死ななくてはならないというのは、どう表現すればいいのだろう。
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