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イノセントデヴィル
(一)歪んだ反抗
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りゃそうだろ、あの仏頂面じゃ誰も寄り付きゃしないよ。」と鼻で笑った。
「ねえ、一回精神科で診てもらおうかなぁ。」
「大げさだなぁ。お前がちゃんと躾けてやればいいんだ。」
「あなたもたまには、あの子とゆっくり話してやってよ。」
「話すってなにを…。」
「だから…、学校生活のこととか、友達作りの大切さとか…」
「そういうことはお前がやってくれ。俺は毎日過酷な職場でクタクタなんだ。」
(この人には何を言っても無駄ね。これじゃ、父親不在も同然だわ。)
汗臭いワイシャツと靴下を持ったまま、千鶴子は洗濯槽に並ぶ穴を見つめた。

茂夫は大手電機メーカーの営業部に勤務、
先月部長補佐に昇進してからは益々帰りが遅くなった。
不況の割に給料は良く、生活していくのに
十分すぎる程の額を貰っているので文句は言えないが。
そうは言っても、優香があんな風になった責任の一端は夫にもあると思っている。
もう少し夫が話しを聞いてくれたら、私をフォローしてくれたら、
心に余裕ができて優香にもっと優しくなれるのにと。

次の日曜日、夫は朝から接待ゴルフで留守だった。
千鶴子は座布団に座って、優香の体操着に運動会のゼッケンをつけ始めた。
ミシンの方が早いが、手縫いでチクチク刺しているほうが、
なんとなく気持ちが落ち着く。
それに、昔、刺しゅうを習っていたから裁縫には自信がある。
縫い目のシワを丁寧に伸ばし、玉結びの淵をプチッと噛み切る。
久しぶりの針仕事だったが、満足のいく出来栄えに笑みがこぼれた。
「優香、ママ喉渇いちゃった。砂糖水作って持ってきてくれない?」
ちょうどキッチンにいた優香に声をかけた。
返事はなかったが、しばらく待っていると優香が水の入った花模様のグラスを持ってきた。
「ありがとう。」
受け取ったグラスを傾けた瞬間、千鶴子の口からビュッと水が吹き出した。
手の甲で口を拭いて慌てて立ち上がり、
「なにこれ! 塩水じゃないの! わざとやったんでしょ!」
烈火のごとく優香を怒鳴りつけた。
優香は指を銜えながら素早く二階へ上がっていった。
千鶴子はただただ悔しかった。
どうして我が子にこんな仕打ちを受けなければならないのだろう。
初めての子で、子育ては確かに下手だったかも知れない。
でも、優香だって生まれた時から普通ではなかった。
聞いた話では、生まれる子の何割かは優香のように寝てばかりいる新生児もいるらしい。
きっと、他にも苦労して育てている親もいるのだろう。

だが、これほど孤軍奮闘しても報われない子育てがあるだろうか。
この思いをどこへ吐き出したらよいのだ。
千鶴子は畳に落ちたグラスを力なく拾い上げ、
湿った足跡をつけながらキッチンへと歩いた。
テーブルの上に黒いお椀が出ている。
そういえば
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