第一章
[2]次話
低い心
パータ=ゴルシピンはピアニストとして祖国ロシアだけでなく世界的に有名になっている。逞しい長身に見事な黒髪と黒い瞳の端整な、ロシア軍の軍服が実に似合いそうな顔立ちである。発言も堂々としていてそちらも評判が高い。
世界各国を飛び回り演奏を行い常に賞賛を浴びている、そしてCDもかなり売れているが。
彼は常に謙虚だった、それでこの時のインタヴューもこう言うのだった。
「今日よき演奏が出来たことを感謝します」
「神にですか」
「はい」
こうインタヴュアーに言うのだった。
「私達の神と、そして」
「主にですね」
「そうです」
キリスト教徒としての言葉だ。
「まことに」
「そうですか、ただ」
「ただとは」
「貴方はいつもそう言われますね」
インタヴュアーは彼に今度はこう言った。
「神、そして主に感謝だと」
「はい、確かに」
ゴリシピン自身その通りと答えた。
「その通りですね」
「幾らよい演奏をされても」
「人は神、主の前には小さいです」
ここでもキリスト教徒として言うのだった。
「非常に」
「それ故に」
「そしてです」
「そしてとは」
「私はまだ越えていないのですから」
真剣な面持ちでの言葉だった。
「あの人を」
「あの人といいますと」
「シャイコフです」
彼が出したのはこのピアニストだった。
「私はまだあの人を越えていません」
「シェイコフですか」
「彼の演奏は言葉では言い表せません」
「そこまでのものであり」
「そうです、私はです」
それこそというのだ。
「まだあの人を越えていません、ですから」
「だからですか」
「とてもです」
「自信を持たれることは」
「自信はない訳ではありませんが」
それはあるのだ、彼にしても。
しかしだ、それでもというのだ。
「私はあの人を越えていない、このことは紛れもない事実です」
「それでいつもですか」
「あの人を越えなくしては」
「胸を張ることはですか」
「出来ないでしょう、むしろ越えたと思っていても」
ゴルシピンは真剣な顔で話していく。
「実際はどうかわかりません」
「確かに、それは」
「ありますね」
「はい、越えたと思っていても」
インタヴュアーも彼の人生経験の中で思い当たったので答えることが出来た。
「それが実はということは」
「往々にしてありますね」
「全くですね」
「はい、ですから」
「胸を張ることはですか」
「出来ません」
こう言うのだった。
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