第三章
[1/2]
[8]前話 [1]次 最後
遠い目になってだ、高弟達にこうも言ったのだった。
「厚かましいかも知れないが」
「それでもですね」
「願わざるを得ませんね」
「日本のことも少佐のことも」
「共に」
「うむ、勝ちて帰れ」
嘉納はまた言った。
「絶対にな」
「では、ですね」
「そのことを祈りましょう」
「神仏にも」
弟子達も言う、彼等が出来ることはこれだけだった。戦場に出ることはない彼等が。
戦争は日本は死力を尽くして戦い世界各国の予想を大きく裏切って善戦した、犠牲も出ているが日本は戦局を有利に進めていた。
広瀬は海軍軍人として戦っていた、そして。
旅順港を封鎖する作戦に参加して港を閉塞する船を指揮した、だが船が攻撃を受け総員が退船する時にだ。
部下を探して船に戻った、それが仇となり。
砲弾の直撃を受けて戦死してしまった、遺体はロシア軍に回収され日本軍に返還されることとなった。だが。
その報を聞いてだ、嘉納は。
普段は冷静沈着な彼がだ、声を挙げて泣いた。そのうえで弟子達に言ったのだった。
「立派な最期であったというが」
「惜しいですね」
「あれだけの方が」
「戦死されるとは」
「作戦は成功した」
旅順港を閉鎖するそれはだ。
「そして部下を探して船内を探し回ったという」
「そのうえで、ですね」
「退去が遅れ」
「敵の攻撃を受けられた」
「そうなりましたね」
「只の戦死ではない」
嘉納は涙を流しつつ語った。
「部下を案じ救おうとしての最期だ」
「これ以上はないまでに立派なお最期ですね」
「軍人として人間として」
「最高の死に様ですね」
「全くだ、柔道はただ技を鍛えるだけではないのだ」
これは嘉納の柔道への考えである。
「心も鍛え養う、そうしたものだ」
「そしてあの方はですね」
「お心も養っておられた」
「だからこそああしたことが出来たのですね」
「部下の方を探しに行かれた」
「最高の柔道家だった」
言葉は既に過去のものになっていた。
「素晴らしい、だからこそだ」
「戦死されたことがですね」
「先生も残念に思われるですね」
「そして悲しいのですね」
「そうだ、惜しい人物だった」
嘉納の涙は止まらない、そのうえでの言葉だった。
「私は彼に死んで欲しくなかった」
「生きて帰って欲しかった」
「何があっても」
「そうでしたね」
「見事な心だった」
嘉納は広瀬の心をありのまま褒め称えた。
「だからだ、講道館としても彼を称えよう」
「では」
「これより」
「彼のことを忘れてはならない」
柔道家としての広瀬をというのだ、そして。
彼が戦死する時に持っていた血染めの海図を譲り受けるとそれを大事に展示し段位も四段から六段とした、そのうえで。
嘉納は弟子
[8]前話 [1]次 最後
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ