第二章
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「生きていて欲しいのだ」
「そうですね、まことに」
「大変な戦争になりますが」
「それでも」
「勝ちて帰れだ」
本音だった、嘉納の今の言葉は。
「広瀬君は無論日本もだ」
「勝たねば、ですね」
「日本は滅びますね」
「そうなる戦争ですね」
「露西亜は貪欲だ」
露西亜についてはだ、嘉納はこれ以上はないまでの恐怖を抱いていた。それは外敵に対する明らかなものだった。
「若し敗れればだ」
「日本は露西亜に組み込まれる」
「そうなりますね」
「朝鮮半島は確実にあの国のものとなる」
間違いなく、というのだ。
「そうなれば同じだ」
「日本は露西亜に喉元に刃を突き付けられ」
「そしてですね」
「歯向かうことも出来なくなり」
「そうなる」
露西亜に組み込まれてしまうというのだ。
「だからだ」
「何としてもですね」
「我々は勝たねばならない」
「絶対に」
「そのうえで広瀬君に生きて帰って欲しいのだ」
日本が露西亜に勝利を収めたうえでというのだ。
「そしてまたこの講道館でな」
「はい、共にですね」
「柔道をしたいのですね」
「少佐とも」
「そうだ、私はその時を願っている」
まさにというのだ。
「彼と稽古をする時をな」
「では」
「その時が来ることを願いましょう」
「是非共」
弟子達も嘉納に応えた、彼等も師と同じく再び彼と稽古をすることを願っていた。この講道館において。そしてだった。
彼、広瀬武夫は出征した。露西亜との戦いに。嘉納は弟子達と共にその彼を見送ってから強い声で言った。
「見事だな」
「はい、少佐も他の軍人の方々も」
「一兵卒に至るまで」
「この時に備え鍛えられてきた者達だ」
広瀬も他の将兵達もというのだ。
「見事なのも道理、彼等は強い」
「そして少佐も」
「あの方も」
「あれだけ強い者達が向かう」
戦場、露西亜と雌雄を決する場にだ。
「それならばだ」
「勝てるやも」
「死力を尽くして戦えば」
「その時は」
「誰もが必死に働いている」
今の日本では、というのだ。
「さすれば勝てるかも知れない、そして彼もな」
「生きて帰ってくれる」
「そうやも」
「そうあって欲しい」
心からの言葉だった。
「彼は軍人としても人間として柔道家としてもだ」
「得難い」
「そうした御仁ですね」
「だから戻って来て欲しい」
戦争から、というのだ。
「日本が勝ったうえでな」
「そうですね、何としてもです」
「日本には勝って欲しいです」
「そして少佐にも戻って欲しいです」
「絶対に」
「全てが欲しいというのは」
嘉納は自身の願いにだ、思いを馳せてだった。
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