第六十二話 助けた物
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ることは、少し想像すれば解ったことなのに、謝罪も、お礼すら言わずに。」
涙を流す母親を心配するように、隣に座っていた瑞恵という名の女の子が、祥恵を見上げる。
祥恵は、そんな娘の三つ編みにした頭をそっと撫でながら続ける。
「あの事件の時、私、お腹にこの子がいたんです。 だから、詩乃さん、あなたは私だけでなく、この子の命も救ってくれたの。 本当に、本当に、ありがとう。 ありがとう。」
詞乃「命を、、、救った?」
詩乃は、その二つの言葉を、ただ繰り返した。
あの郵便局で、十一歳の詩乃は拳銃の引き金を引き、一つの命を奪った。
それだけが、詩乃のしたことだった。
今までずっと、そう思ってきた。
でも、でも。 今、眼前の女性は、確かに言った。
救った、と。
すると、瑞恵が椅子から飛び降り、とことこテーブルを回り込んで歩いてくる。
瑞恵は、幼稚園らしいブラウスの上からかけたポシェット手をやり、ごそごそと何かを引っ張り出した。
不器用な手で広げられ、詩乃に差し出された画用紙には、クレヨンで絵が描かれていた。
中央に、髪の長い女性の顔。 ニコニコと笑うそれは、母親の祥恵だ。
右側に、三つ編みの女の子。 自分自身。
ということは、左側の眼鏡をかけた男性は、父親に違いない。
そして一番上に、覚えたばかりなのだろう平仮名で、《しのおねえさんへ》と記されていた。
詩乃は、瑞恵から差し出された絵を両の手で受け取ると、瑞恵はたどたどしい声で、でもはっきりと言った。
「しのおねえさん、ママとみずえを、たすけてくれて、ありがとう」
その言葉を聞いた途端、詩乃の瞳から大粒の涙が零れ出した。
大きな画用紙を持ったまま、ただぽろぽろと涙を零し続ける右手を。
火薬の微粒子によって作られた黒子ほくろが残る、まさにその場所を。
小さな、柔らかい手が、最初は恐る恐る、しかしすぐにしっかりと握った。
過去を全てを、受け入れられるようになるには、まだまだ時間がかかるだろう。
これからも苦しんだり、悩んだりするだろう。
それでも、歩き続けることは出来るはずだと、その確信がある。
なぜなら、今の彼女の顔がそれほどまでに輝いて見えたから。
〜side out〜
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