暁 〜小説投稿サイト〜
雲は遠くて
115章  信也が連載マンガの主人公になる
[3/5]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
入ることができるっていうことらしいですから。
ニーチェの場合は、そんなキリスト教の直線的なイメージとは正反対に、
円のイメージに近いんです。円には始点も終点もないんです。時間は進んでも進んでも、
どこにも近づいていないし、何からも離れていない。等しく無価値なような状態が永遠に続くんです。
ニーチェはこのような時間のイメージを永延回帰と表現したんですよ。
まあ、ニーチェは、哲学を芸術の一種と考えていた人なんです。
『哲学は論理の正しさがどうのこうのと言うものではないし、そもそも哲学は学問ですらない』
って言っています。『われわれ哲学者は芸術家と取り違えられるほうが、
(うれ)しい』とも言っています。ニーチェは、第1に、人間はどうあるべきかとかの、
生き方こそを重要視するんですよ。
だから、論理がどうだからとか、真理だからという考え方はしないんです。
そうですよね。ニーチェは、ハナッから、論理も真理も、信用してないんですから。あっははは。
長々(ながなが)とお話しして、ごめんね!心菜(ここな)ちゃん』

「いいのよ、しんちゃん。お話、おもしろいわ!!もっと、しんちゃんのこと知りたいし!」

 そう言って、心菜は微笑(ほほえ)むと、おいしそうに紅茶を飲む。

「ニーチェには『超人』という考えがあるんですよ。代表作の『ツァラトゥストラ』には、
『人間は、動物と超人のあいだにかけわたされた1本の(つな)である』という一節があるんです。
『動物が進化して人間が生まれた。それと同様に、人間には進化の道筋の先に超人がある』っていう
イメージなんでしょうね。つまり、ニーチェは、『人間にはまだ可能性がある。
人間を乗り越えた先に、超人という、より人間らしい人間を想像したんでしょうかね!あっははは。
まあ、ね、心菜(ここな)ちゃん。おれら、みんな、超人になれない、発展途上の人間なんだから、
おれでも、ニーチェさんでも、欠点だらけなんだろうけど、おれは、ニーチェは好きだな。
もう2年前になるけど、第2回目の下北芸術学校の公開授業で、
清原美樹ちゃんが、ニーチェについて語ってくれて、それから、おれもニーチェが好きなんだよ。
あっははは。ニーチェは、最終的に、芸術的な生き方を提唱しているしね。
わたしたちは、誰もが芸術家ではないかもしれないけれど、実はこの世界を生きることは、
いつでも困難にも価値を見つけるくらいのポジティブ(肯定的)さで、
自分の新しい価値観を作ることだったり、クリエイティブ(創造的)なことだったりするんだと、
ニーチェは言ってるんです。
いつも子どものように喜んで、高みを目指して、
夢や希望を捨てないで、気高(けだか)く生きていこうって言っているんですよ。
自由な人生、希望に満ちた人生、自分で自
[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ