死人還り
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か」
あの人、何を願っているのかという話を丁度、兄ちゃんとしていたところだよ。と、早口に云うと、縁ちゃんは少し肩をすくめた。
「私、知ってるよ」
「えっ」
縁ちゃんは最後の一口を呑み込むと、机から降りて俺の正面に立った。…控えめに染めた髪から、嗅いだことのないシャンプーの香りがした。
「硫黄島に出征して帰って来なかった旦那さんに、逢いたいんだって」
「へ…へぇ…ロマンチックな…願いだったんだね…」
立ち位置が近くて、息が詰まりそうになる。縁ちゃんは何を思ったのか、もう一歩、俺の間合いに踏み込んで来た。
「うっ……」
「ロマンチックっていうかさ」
シャンプーの香りが、俺の傍らを通り抜ける。…な、なんだ。もう帰るだけか。
「なんかちょっと、怖いよね、それ」
―――叶えちゃならん願いというのが、ある気がするんだなぁ
奉の言葉が、不意に脳裏をよぎった。
「お前、知ってたのか。婆さんの願い」
追加の鯛焼きを抱えて戻って来た奉は、事もなげに頷いた。
「俺はここの奉神だぞ。あれだけ日参されたらな」
「そういうのはもういい。縁ちゃんから聞いたんだろ」
「あいつも知ってたのか」
奴は心底面倒臭そうに、眉間に皺を寄せた。嫌がっているのは確かなんだろうが、不思議と『兄』の顔に見える。
「たまには普通に会ってやれよ」
「俺を襤褸毛玉にする気満々で鋏を構えて襲いかかってくる妹にか?」
「……あー」
将来美容師を目指しているわけでもないのに、あの子は何故こんなにも兄の髪を切ることにこだわるのか。
「――婆さんの願いは、放っておいても近いうちに叶う。お前が手を下すまでもないぞ」
「手を下すって…死ぬ以外の、他の解釈はないのか?」
「他のって何だ。死人返りか?」
「………」
「云っておくが無理だ。死体がない」
あればやるのか。
「遺骨すらないんだろ。死んで逢いたいとかじゃなく、遺骨でもいいから会いたいんでは」
「遺骨は戻っているよ。ごく一部だが」
「………それは」
「そういうこと」
お迎えを待っているんだろうよ、と呟くように云うと、奴は再び伏せてあった書を開き、頬杖をついた。
「まぁ、恐らくあの婆さんが死んでも、旦那は迎えに来ないけどな」
「………どういうことだ」
「旦那は、生きているからだ」
―――は!?
「そ、それはもしや…死んだふりして戦地を逃れ…?」
「んなわけあるか。硫黄島だぞ。絶海の孤島だぞ」
「じゃあどうやって!?」
「死んだよ」
「今、生きてるって!」
「今は、生きてるんだよ」
慌ただしい転生をする輩というのが、一定数いるのだ。婆さんには気の毒だが。そう云って奉は冷めた茶を啜った。きじとらさんが、そっと手を伸ばして湯呑を替えた。俺の湯呑も、
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