幕間 フレーゲル男爵の憂鬱
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わぬ。今宵はお前たちが主役だ。遠き叛徒の地での虜囚の暮らしは身に堪えたであろう。遠慮せずくつろげ」
「では、いただきます」
給仕らしくもなく鷹揚に振舞ったフレーゲルの酒をそれ以上に鷹揚に受けた大尉がグラスをあける姿は、フレーゲルにさらなる安堵感をもたらした。また一つ務めを果たせたというほかに、スローモーションのように映った大尉の姿、静かな動作の中に生きる喜びが満ち溢れていたことも、安堵感の理由かもしれなかった。
『何と美味そうに飲みおることよ』
二杯、三杯と杯を所望する大尉に酒を注ぎながら、気がつくとフレーゲルは大尉の満足げな表情を飽きもせず眺めていた。
『生きて帰るとは、かくも嬉しいものか』
ふと、らしくもない思いが脳裏をよぎった。勝利の栄光を得ることよりも、生きて帰り日々の暮らしに戻ることが幸せな者たちがいるのだ。勲章よりも夕食後の一杯が何よりも楽しみという、ささやかに生きる者たちが。目の前に。
思いがそこに至った時、ヨハンへの対抗意識も陥れられかけた怒りも焦りも、ことごとく消え失せていた。残ったのは、ただ使命感だった。
これを失いたくないものだ。失わせぬことこそ、選ばれし者たる我らの使命。
「大尉、歌おうぞ」
フレーゲルは大尉の肩を叩くと、朗らかに笑って言った。
「結構ですな」
大尉が快諾し、お世辞にも上手いとはいえぬ歌声を響かせると、宴はますます賑やかさを増したようだった。
「ヨアヒムめもようやく分かったようじゃな、ヴィクトール」
それまで意識してやまなかった皇帝の視線も声も、音頭を取って故郷の歌を歌うフレーゲルにはどうでもよいことのように思われた。放埓の日々はもはや過ぎ去った。我が命は皇帝陛下の名誉と、この者たちの平和のために。
歌いながら、フレーゲルは深く心に誓っていた。
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