幕間 フレーゲル男爵の憂鬱
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された時の恐怖の表情、今でも忘れられませぬ」
「左様であるか。哀れなことであるな」
酒が入ると涙もろくなるのか、ミヒャエル・ガランドが四一〇年物の白ワインの瓶を持って立つ皇帝にしみじみと語っている。
「異境の暮らしのうちに詩作を嗜むようになったのだ。お父君には及ばぬ下手な芸だが、聞いてもらえるだろうか」
「かまいませぬとも!」
近衛連隊への配属が決まったリヒトホーフェン侯爵の次男オットーはランズベルク伯息アルフレットと詩を交換し、すっかり打ち解けた様子であった。シャイドやヨハンもそれぞれに、領地出身の兵士と語り合い、互いに酒を酌み交わしている。
「おら、今度三番目の子供が生まれるだ。若様に名付け親になってほしいだよ」
「ああ、いいとも。男の子だったら、私の名前をあげよう。ヴェルナーだ」
「ゲイナー、私が至らぬばかりに今まで苦労をかけたな」
「なんの、若君のご苦労に比べれば私どもの異境の暮らしなど、野遊びに出かけておったようなものでございます」
「堅苦しい言い方はよせ。今まで通りヨハンぼっちゃまと呼ぶがいい」
「では私のことも、昔のようにロベルトと」
かつては傲慢極まりない大貴族の子弟であった四人の副給仕たちが皇帝に倣ってか、黒薔薇の勅令の恐怖からか、愚か者の末路に自戒してか、務めを心得て励んだ成果もあり、日付が変わる頃には晩餐会は賑やかな心楽しき宴となっていた。 そんな中フレーゲルはいささか苦しんでいた。無論士官として領主としての務めに励み自分を訓練し、かつてよりよほど気安く兵士に接するようになっていた彼ではあったが、元来思慮よりも勇気が先に立つ人柄、加えて長く権門勢家の一員であり、人を気遣うという訓練をしてこなかったこともあり、柔和な人柄で教養あるシャイドや長い雌伏の日々の間を領民と共に過ごしてきたヨハンなどと比べるといささか振る舞いがぎこちないのはなんともしようがなかった。
務めすらよく果たせぬ己への羞恥心と義務感で硬直しそうになりながら、フレーゲルは懸命に務めを果たし続けていた。
「もう一杯、飲まぬか」
『この戦いは私の負けのようだ。だが務めは最後まで果たして見せよう』
皇帝のギターの伴奏で兵士たちと肩を組んで歌うクロプシュトック侯息を横目に、フレーゲルは故郷ではビアホールの亭主かその跡取りか、いずれにせよそういった職業の者であろう、赤ら顔の大尉に酒を勧めた。遠からぬ未来主人と仰ぐことになるやもしれぬとの思いが酒を注ぐ動作をさらにぎこちないものにしたが、世慣れた風の中年の大尉はフレーゲルの焦りを笑うこともなく礼儀正しく杯を差し出した。
「これは恐縮です」
酔客の世話をし慣れた男にバーカウンターの中からそうするかのように頭を下げられ、フレーゲルは救われた思いだった。
「かま
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