幕間 フレーゲル男爵の憂鬱
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外聞も捨てて挑むフレーゲルをアンスバッハは頼もしく思いつつも、わずかならぬ危惧を抱いて見つめていた。
順境にある者ならば若者の成長は誰もが喜ぼう。だが、若者の拠って立つ地盤が凋落の兆しを見せているなら、駆けてゆく足元に綱を張ろうとする者、陥穽を仕掛けようとする者は必ず現れるものだ。思慮より勇気に傾くフレーゲルが、罠に陥れられて敵の包囲から抜けだすことが叶うだろうか。
口さがない者に同じ平民を犠牲にすると言われても、盾となり矛となる者、死の運命が訪れたその時には身代りともなる者をつけて差し上げねばなるまい。幸い、フレーゲルには自他ともにフレーゲルの側近と認める男がいる。能力も忠誠心も問題ない。いざという時には、この男に死んでもらう。
一旦決心すると、アンスバッハの行動は素早かった。
常日頃に勝る真摯さで、アンスバッハはシューマッハに命を捧げてくれるよう依頼した。
「シューマッハ大尉、男爵を頼む。男爵の亡き御父上エルマン様は公爵閣下がわが子のように可愛がっておられた弟君だ。男爵、ヨアヒム様も閣下にとっては実の息子も同然。もしものことがあれば閣下のお悲しみはいかばかりか、察するに余りある」
アンスバッハが言葉を切ると、沈黙が訪れた。やはり、権勢を失いつつある家に殉じる者などおらぬか。アンスバッハは嘆息しかけた。だが、次の瞬間嘆息は驚きと喜びに取って代わった。
「一命に替えましても」
シューマッハにすれば、何をいまさらと言うようなことであった。頽廃した生活を送っていた日々の彼のためならいざ知らず、動機はともかく貴族としての使命感に目覚め、精進を惜しまぬフレーゲルのためであれば、戦場であれ宮廷であれ命を投げ出して彼を守る覚悟などとっくにできていた。
「感謝する、大尉」
シューマッハの瞳に快諾の意志を看て取り、アンスバッハはようやく安堵することができた。この男なら、喜んで死んでくれよう。最悪シューマッハの命で男爵を救うことは叶わずとも、仇を討ってはくれよう。
盾はできた。あとは鉄枠をはめ棘を植えこめばよい。主君に報告すれば、それは容易く叶う。近く進級するシューマッハの階級を少佐を超えて中佐に進めフォンの称号、真鍮の拍車の騎士の身分を帯びさせることなど、ブラウンシュバイク家の権勢衰えたりといえども小指の先を動かすほどのことでもない。
「おのれ、またしても!」
頭を垂れたアンスバッハが再び頭を上げた時、フレーゲルは一つの戦いに決着をつけ、新たなる戦いに踏み出していた。
『守勢の脆さを理解して果敢に攻めるのは結構ですが、攻撃が制御されていなくては一撃必殺とはなりえませぬ。さらに精進されよ』
金銀妖眼のマールバッハ伯爵を睨みつけるフレーゲルの眼光からは昨日よりもさらに激しい闘志とともに己の失敗を省みる念が溢れていた。
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