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小才子アルフ〜悪魔のようなあいつの一生〜
幕間 フレーゲル男爵の憂鬱
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 「皇帝陛下は何をお考えか」
 捕虜交換で帰還する兵士に叙爵がなされると聞いた時、ヨアヒム・フォン・フレーゲル男爵はブラウンシュバイク公邸のサロンの豪奢な作りの椅子に座ったまま文字通り開いた口が塞がらなくなるほど驚愕した。
 戦場で不覚を取った者が、捕虜になるという失態を犯した者が、末端とはいえ貴族に叙せられる。
 ルドルフ大帝の定めた身分秩序と選民思想の忠実な信奉者であるフレーゲルにとっては驚天動地、神々の黄昏が訪れたにも等しい出来事であった。フレーゲルの頭上にもう少し日が輝いていれば、彼は狂気なされたのか、気が狂われたのかと叫び出していたに違いなかった。
 皇后を生母とするルードヴィヒ大公が死を賜って以来、皇后所生の皇女たちを妻とする大貴族、ブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯の権勢は徐々に衰えを見せていた。ブラウンシュバイク公はルードヴィヒ大公とは義絶していたうえ、ルドルフ大帝以来の名門とあって大公の叛逆未遂事件に連座することはなかったが、事件の後風向きは目に見えて変わった。一門からの離脱者こそ出なかったものの、かつてブラウンシュバイク公のもとに日参していた中小の貴族の多くはアレクサンデル皇太子の養育係を拝命したクロプシュトック侯に露骨に擦り寄り始めた。ベーネミュンデ侯マクシミリアン、無事誕生すればローエングラム侯ラインハルトとなる男児の養育係の大命が降下すると噂のマールバッハ伯爵、その実父であるロイエンタール伯爵のところに先んじて詣でている者もいる。
 最も義理固い者でもブラウンシュバイク邸に訪れ辞去したその足で新たな権力者への追従、ご機嫌伺いにそちらの邸を訪れぬということはない。未だ衰運明らかとまではゆかぬものの、前者は日を追って増え、後者の義理固さは日を追って減少しているのは誰の目にも明らかであった。
 ゆえにフレーゲルの物言いも自ずと彼らの耳目をはばかったものとなる。
 気が狂われたか、クロプシュトックに共和主義思想でも吹き込まれたか、などとはおいそれと口には出せぬ。たとえ酒の席の戯言であろうとも。全ての貴族が恐れる『黒薔薇の勅令』という恐怖もある。かつてのように放言すれば、たちまち酒狂の咎で最下位の帝国騎士あるいは平民に下げられてしまうだろう。
 「フレーゲル男爵、お言葉が過ぎましょうぞ」
 『おのれ、我が身の無力が呪わしいわ…』
 ブラウンシュバイク公の腹心であり、彼にとっても教育係のような存在であるアンスバッハ中佐にたしなめられ、ひとたび口を開けば殺意はおろか逆意をも含んだ言葉を吐き散らしかねないほどに鬱屈が巨大になっていることに気付いてフレーゲルは拳をテーブルに叩きつけた。給仕役を務めていた家臣──記憶が正しければ新たにフォンの称号を得てブラウンシュバイク家に仕官した従騎士であったはずだ──が硬直したように動きを止
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