Side Story
少女怪盗と仮面の神父 29
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「その子を離して」
茫然と見上げたミートリッテに構わず、ハウィスの剣はアーレストの鼻先に狙いを定めている。切っ先には少しの揺らぎも無い。
(うそだ……嘘だよ。だって、こんな……)
濃闇の刻の中、水面に増幅された月の光を浴びて白く輝く豊満な体の線。けれど、今の彼女の姿に艶を含む女性らしさは感じられず……感情を消し去った群青色の目が、凍て付いた北限の海のようでひたすら冷たい。いつだって優しく温かく穏やかだった視線が細い氷の矢となり、ミートリッテの心臓を貫く。
……此処に居るのは誰？
大切な女性と全く同じ顔なのに全然似てないこの人は、いったい何者なのか。
「では、剣身を収めていただけませんか？ このまま動いてはミートリッテさんまで傷付けてしまいます」
一方の神父と言えば、僅かにでも身を乗り出せば顔面に突き刺さる危険物をものともせず、いつも通りの柔和な微笑みで首を傾けた。
何が起ころうと己の道を行く、緊張感と無縁な性格。最早王者の風格と称するに相応しい空気の読まなさ加減。一振りで生命の尊厳を無力化してしまう凶器を前に、呼吸も鼓動も乱れないとか……人間の何処をどうすればこんなにもふてぶてしい生き物に昇格できるのやらと、ある種の畏怖や羨望を抱きそうになる。
「私の剣が切り裂くのは、私達の邪魔をする害虫だけ。貴方の目的は何？ ふらりと姿を消したくせに、何故この場所で、その子と一緒に居るの？」
平らで無感情な……無慈悲な声。問い掛けに付けた疑問符とは裏腹に、彼女はもう、アーレストを敵視していた。
「ハウィ……っ！」
「迷える者に真実を」
とにかく起き上がろうともがくミートリッテを両腕の力であっさり封じ、顎を上げた神父が躊躇い無く剣の先端に口付ける。
「！？」
刹那、目を丸くしたハウィスが剣ごと数歩分飛び退き、その隙に素早く立ち上がった二人と剣を見比べた。
「ミートリッテさんを解放してあげてください、ハウィスさん」
「んむぐ？ ふぬーっ！」
(いや、拘束してるのはどう見てもあんたでしょうが！ いつまで抱き付いてるんだ！ はーなーせーッ！)
苦情を訴えたくても、後ろから絡み付くアーレストの左手に口を塞がれ、言葉にできない。右腕一本で抱え込まれた上半身が、接着剤を使ったのかと思うくらい神父の体に密着する。
「ふざけないで」
暴れたがるミートリッテを見て、ハウィスの剣が再び神父に狙いを定めた……が。剣身に反射する光は安定していない。一見油断の無い構え方に、僅かな迷いを感じる。
「……条件は揃いました。この娘には資格が与えられた。何者であろうと、彼女の権利を侵害する行為は許されません」
(だぁから、当事者置き去りで話を進めるなと何度も何度も言うとるだろうがぁああぁー……って…… ……え？)
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