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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第六十三話 貴方がそれを誇りに思うのなら
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る限り」

「もし死んでも――名は残りますよね。」

「兵が死んでも名は残るさ、その“名”に価値を見出すかどうかが血筋の違いなのだろう。血筋という物は恥でも名誉でもない」
 夏川は己の手が震えている事に気づき、そっと手を握りしめた。豊久の“声”もその顔にも奇妙なほどに感情を表すものが抜け落ちていたのである。
「ならば――貴方にとって将家とはなんですか?血筋とは――」

「将家の血、それ自体には価値などない。ただ役割を望まれ、そして特権が与えられるだけだ。出自が齎す役を懸命に務めることにこそ意味があるのだ。
将家に生まれたものを将家たらしめるものがあるとするなら我々の応報にこそある。
我々の行動こそが血筋への価値を決める、そう私は信じている」
 豊久の発する"声"は再び変わっていた。今度は砲塁に響き抑揚のある豊かな声であった。

「中尉!君が産まれと将校たることに価値を見出すのならば――生きている兵達に対し責任を負い、そして彼らの相対する現実を管制し続けなければいけない!我々が死に絶えるその日まで」

「‥‥‥」
 目の前の“英雄”の言葉を夏川は完全に理解できたわけではなかった。理解できるわけもない。目の前の男は奇矯で朧な“前世”とこれまでの人生双方の経験が北領以来の数奇な経験を解釈した言葉であった。
 いつの間にか階級で呼ばれている事すらも責務のそれだと感じてしまっていた。

「中尉、生きろ、生きて生き残った兵を連れて帰ってきたまえ。それが君の演じる役だ。君が自分の生まれに意味を見出して将校であろうとするのならそれが君の人生だ。うまく踊ってみせろ」




 夏川が立ち去ると入れ替わりに米山と上砂が砲塁に姿を現した。
「お疲れ様です、連隊長殿」
 二人は数名の兵と共に砲塁の出入り口を固めていた。――大半の連中が南突角堡の築城に駆り出されているから出来た真似である。

「夏川中尉殿、随分と様子が変わっていましたが」
 上砂が見送った夏川は青ざめた顔でなにかを考え込んでいた。
「あの若いのに、高潔な精神で生き延びることができる理屈を吹き込んだだけさ。困難だが意義ある任務。鉄の規律を持った高潔な将校。自らが選択した義務と恥辱にまみれたからこそ崇高なる名誉――諸将時代末期になってから浮かび上がってきたような、
“積み重ねた行動と結果にこそ信用と権威が宿る”という当然の摂理と“だからこそ生まれに意味がある”という矛盾を混ぜ込んだ詭弁だよ。――だが紛れもない真実でもある」

「はぁ‥‥‥?」
 上砂が首を傾げ、米山はすでに興味を失って帳面をめくっている。
 米山の露骨な振る舞いは口を挟むつもりがないから巻き込むなという事である。ある意味ではひどく衆民将校らしい。
「まあなんにせよ予定通りに仕
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