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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第六十三話 貴方がそれを誇りに思うのなら
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叩き込まれたようなものです」
 
「文官になるつもりはなかったのか?」
 
「私の生れじゃ衆民といっても富豪には相手にされませんからね‥‥なら将校にでもなった方がまだ退役後に楽できると思いましてね」
 結局このざまですが、と山下は苦笑してすでにぬるくなった水を飲んだ。

「三者三様――か。この聯隊を作り上げる時に聯隊長殿が――血筋より能力を、と言っただけはある」

「それでもやはり大元にあるのは血筋だ。この軍隊そのものも、あの聯隊長がこの聯隊を作りあげたることができた力の根底も――」
 そこで言葉を切った石井は欠伸を噛み殺し――涙で歪んだ視界を神経質そうに拭った。
「俺たちは運が良かったが、この国で無理を通すには連隊長のような方でないとならんのだろうな――羨ましいとも思えないが」



同日 午前第九刻半 六芒郭 南東突角堡北西部第二砲座
馬堂豊久中佐


「懐かしいなぁ、私が十七の時にはこのような砲を一度指揮して撃ってみたいと思っていたものだよ」
 豊久は上機嫌そうに大型平射砲を撫でながら言った。
「私の初陣は十八だったよ、あの時ようやく駒州で編成された即応中隊で私は騎兵砲小隊を指揮していた。懐かしいよ、匪賊退治の為に虎城の鎮定兵団でひどく恐ろしかったし役に立ったかどうかも怪しいものだ、そんなやつを送り出したのも箔をつけて龍火学校に送るためだったのだろうな」

「夏川クン、出頭御苦労。君は十七で中尉か。私は二十で中尉だ。まだ太平の時代だったからこれでも早い方さ」
 十七の少年、夏川孝憲近衛禁士中尉は背筋を張り、閲兵を受けているかのように張りつめている。
 彼にとって馬堂豊久は紛うことなき最新の英雄の一人である。

「――あぁ気張らなくていいよ、今この時には西原大佐殿の友人として君に会いに来たのさ」

「信置様の――ですか」
 喉を鳴らして夏川は言葉を繰り返した。
 そう、彼こそが馬堂家の政略における鍵を握ってしまった不幸な青年である。
「そうそう、なんか悪いねホント。忙しい時に呼び出してしまって。すぐ終わるけど、大切な質問があるのよ。――当然ながら、どう答えてもこの部屋から漏れることはないから安心してくれ、それこそ西州公にも駒州公にも」
豊久が笑みを消し、静かに視線を向けるとほんの数寸の合間、沈黙の帷が下りた。

「却説、それでは一つ聞こう――君は指揮下の兵を連れて虎城の近衛総軍に合流する気はあるかね?」
 その声は男が出したものとは思えないくらいに柔らかいものだった。馬堂豊久を傑物足らしめている要素が彼の肉体に宿っているのだとしたらそれは間違いなく喉であろう。
様々な声色を持ち、それを使い分ける才能は間違いなく天賦のそれであった。新城直衛が魔王ならば豊久は悪徳へ誘い契約を取り交わす
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