第二話
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人が十数メートルもの距離を吹き飛ぶという、常軌を逸したその光景に、雫は完全に呑まれていた。狂気に満ちた男の、紫色に光る双眸が雫の方を指向する。
その場にへたり込んでしまっていた雫はどうにか逃げようとするが、恐怖に支配された身体は、心とは裏腹に全く力が入らない。
悲鳴を上げようにも、呼吸の仕方を忘れたかの様なヒューヒューという頼りない音しか出せなかった。
「………あ、………ああ…」
絶望を映した雫の瞳。それを見た男は、醜悪な笑みを浮かべていた顔を、より一層歪めた。
「そんな表情反則でしょ。そんな風に怯えられちゃったら…………余計残酷に殺りたくなっちゃうじゃん?」
狂った嗤いと共にナイフを振り上げ、愉悦にひたったその目で雫を見下ろす男。ゆっくりと、確かな恐怖を与えるようにそのナイフを振り下ろした。
その刃が身を貫く様を幻視して、雫は瞼をギュッと閉じた。
ザシュッ
生々しい音。頬に掛かる鮮血。しかし、予期された痛みがいつまでたっても感じられない。雫は戸惑いつつも、そっと瞳を見開いた。
「怪我ないか?」
普段となんら変わらない声音で、吹き飛ばされた筈の霄が話し掛ける。その右の掌は、ナイフを受け止めた形で、刺し貫かれていた。
「峰雲………君?」
真っ先に反応したのは襲ってきた男だった。ナイフを引き抜こうとするも、霄が刺された上から握っているため、諦めて手を離し、後ろに跳んで距離をとった。
霄はそれを確認するとナイフを引き抜き、刃の側面を指で摘まむと少し力を入れた。
ピシッ、という軽い音と共に刃全体にヒビが入っていき、やがて呆気なく砕け散った。
「お前………同類か!?」
「ご名答。」
男の驚愕を肯定しつつ一歩踏み込む。次の瞬間には5m程の距離を瞬時に詰め、男の目の前に立つ霄の姿があった。舌打ちした男が飛び退くのと、霄の右手が霞む程の速度で振るわれたのはほぼ同時だった。
ブシュァァ
思わず耳を塞ぎたくなるような醜悪な音。男の左腕から夥しい量の血が飛び散る。その肘から下は男の足もとに無造作に転がっていた。
「………ケッ。ここまでだな。」
一言吐き捨てる様に言うと、男は切断された腕を肘の先にくっ付けた。5秒程すると、既に切断された筈の神経が繋がったのか、握ったり開いたりしていた。
「……全治8時間ってトコか。お前は必ず殺す。待ってろよ。」
そう言うと男は、現れた時と同じように突然消えた。
「……峰雲君、その……手は?」
「ん?ああ、もう平気。」
霄の掌は確かにナイフに貫かれたが、既に出血は止まり、さらには今この瞬間にも刻々と傷痕が塞がり、消えはじめていた。
かなりの激痛だ
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