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百人一首
94部分:第九十四首

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第九十四首

                第九十四首  参議雅経
 今来ているのは吉野。かつて本朝の都があったという古の場所。今ではとてもそうは思えないまでに奥深くにあるように感じられてならないが。
 大和の奥深くにあるこの里に今来ていた。
 こんな山奥で。何もなくあるのはただ木々だけ。
 人もおらず聞こえてくるのは何もない。
 夜風が冷たく吹き渡りどうにもいられない程度。そんな吉野に今来ていた。
 旅の宿にいてもその寒さは伝わり。えも言われぬ寂しさともなって心に滲みてくる。
 そんな中で今まで何も聞こえてこなかったのに。不意に物音が聞こえてきた。
 それは冬への音。冬の仕度をする音。それに着物を打つ音。その二つが聞こえてきた。
 夜の中でその音を聞くことになった。それまでは音もないただただ寂しい中にいたのに。
 それでその音を聞いているとそれまではどういうことも思わなかったのに不意に。歌に対する思いが心の中に起こってきた。それによりこの歌を詠った。

み吉野の 山の秋風 小夜更けて ふるさと寒く 衣うつなり

 歌を詠うその間も音は聞こえてくる。それを聞いていると何かまた思うところが出て来た。それはこの吉野を楽しむ気持ちだった。確かに何もない。けれど音が聞こえてくる。冬への音が。それを楽しもうと思う気持ちが出て来た。そんな旅の宿の夜のことだった。


第九十四首   完


                2009・4・9

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