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百人一首
76部分:第七十六首

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第七十六首

            第七十六首  法性寺入道前関白太政大臣
 今まさに漕ぎ出さんとしていた。
 自分を乗せた船は大海原に漕ぎ出そうとしている。
 船はその大海原に比べればとても小さなものでしかなくて。
 ただひたすらその広さを最初に感じた。
 けれど感じたことはそれだけではなかった。
 白い雲と青い空が見えた。
 海の上にはその雲と空がまずある。
 白と青。その美しさが目に入った。
 けれどその白と青は空にだけあるのではなかった。そこにだけあるのではなかった。
 海にもあった。まず雲の白は波の白で。
 空の青は海の青だった。どちらも白であり青であるけれどそれぞれ違う白であり青である。それぞれの自然の青と白が限りなく広がりその美しい姿を見せている。
 二つの白と青が今自分の目の前に広がっている。それを見て思ったことは。
 この世の果てしない広さだけでは終わらなかった。それだけじゃなかった。
 その美しさも感じ取った。すると歌が自然に口から出て来た。何も思わなくとも自然と湧き出て来た言葉だった。

わたの原 漕ぎ出でて見れば 久方の 雲居にまがふ 沖つ白波

 歌にしてみたこの広さと美しさ。この二つの中に身を置けたこの幸せ。深い幸せを感じながら今海と空の間にいる。この幸せは例えようもないものだということも感じ取っていた。


第七十六首   完


                 2009・3・22

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