幕間 瓦礫の中に埋もれる戦史
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と皇帝に対する評価を好転させるころには、そんな余裕は気力体力とともに失われていた。
政治家たちは喜んでいるが、事務方としては迷惑この上ない、冗談ではない、いやがらせかと声を大にして言いたい状況──もちろん、決して口にするわけにはいかないが──である。
帝国が多くの捕虜を返すというならこちらも人道上、対抗上五百万人、帰還する捕虜を追加せねばならない。帰還する捕虜のリストは全部作り直さなければならないし、捕虜を輸送する輸送船も宿舎も新たに手配せねばならない。超過勤務手当を本俸の三倍はもらいたいほどに書類と印判の数が増えるのだ。
のみならず、とみに名君ぶり怪物ぶりを発揮しだした皇帝の臣民たちに同盟を侮らせぬため、捕虜を預かる各地の補給基地や収容所にマルセル・キャゼルヌ曰くの『ホテル・ハイネセンのサービス』、客人のごとき待遇を実施するよう通達し、時には実地に赴いて検分もせねばならぬ。歓送パーティーのごとき式典に至っては、検分のみならず彼らが一切を仕切らねば何一つ動かないこともしばしばであった。
かくして、フォークと捕虜交換実施委員会のスタッフたちは寝食を忘れて働かねばならなかった。
当然、疲労は募る。
二週間で実務を担うスタッフは発狂寸前になり、比較的余裕のあるセクションでは通院する者通院を口実に欠勤を願い出る者が続出した。
『ミンチメーカー』オフレッサーと一対一で戦えと言われるほうが気が楽かもしれない。イゼルローン要塞を一人で落として来いと言われてもOKしたい。この苦役から解放されるためなら。そんな考えを文書化して顔に貼りつけた者がオフィスの内外に時間単位で増殖して溢れ、三週間目に入ると多忙なセクションから順に、過労と神経症で倒れる者が続出した。フォークが直轄するセクションが最も傷病休暇の取得者が多かったことは今さら説明する必要もあるまい。
「閣下、スールズカリッター大尉が過労で倒れました」
「またか」
副官のノース・スールズカリッター大尉が勤務中に倒れて入院したのはこの地獄のような日々が始まって二十五日目の夜のことであった。マルセル・キャゼルヌ中佐──ダゴン星域会戦以来の後方勤務の名門出身の南欧系軍人は適性が高いのか、第一週は三人分の仕事を、二週間目からは十人分、三週間目に入っては二十人分の仕事をこなしてなお、余裕があった──が約束通り貸してくれた甥のアレックス・キャゼルヌ大尉が報告してきたとき、フォークはそれが自身の副官であることを思い出すまで十秒近い時間を要したほど、疲労していた。
新任の副官の候補者リストをろくに確認もせず一番上にあった人物を後任に任命するような投げやりな仕事はいつもの彼ならば、たとえ絞め殺したいほどに嫌いな提督から補給の要請を受けた時であってもやらなかったであろう。
「新任のフロリアン・ミン
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