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分を噛み締めた。
「歯応えはなかったけど、感触としてはいい手応えだったな」
普通なら千切れて吹っ飛ぶ所だけど、今の感触は……殴り抜いても五体満足で殴り飛ばされて済んだのだとわかる。
生き物であれほど頑丈なのは滅多にない、久々に殴り応えがある奴…そんな感触だった。
―――それゆえに勿体ない。
俺はその姿を探すも、もう影も形もないくらい遠くに行ってしまった。
「…ん〜、やっぱ無理か」
あれは死んだと思う。 多分。
でも死んでなければもう一回…ちょっとでいいから、ほんの先っぽでいいから、思いっきり本気で殴りたい。
けれどもう無理だ。 もう二度と会えないだろう。
だからだろうか…姿も形も知らない“そいつ”に恋しさを覚えた。
「あ〜あ、本当に勿体ない」
仕方がないから帰る事にした。
ミーア姉ちゃんのサンドイッチを食べ歩きしながら帰路に着くも、俺の心中は拳に残る感触が気になっていた。
もう一回。 もしくはもっと本気で殴れたら… スカッとした反面、諦めるのが惜しい気持ちが残る。
そして…もし“そいつ”が“人”であったらなぁ、と願望が浮かんだ。
人と言えば―――だ。
さっき殴り飛ばした時に、なんか聞こえた気がするけど………ま、いっか。 気のせいだろうし。
―――。
エルザ・ミヒャエラ・フォン・デトワーズ姫陛下は知らないだろう。
レヴァンテン・マーチンは知らないだろう。
この二人は実はこの瞬間に出会っていた事に。
一瞬だが、間接的に接触していた事に。
レヴァンテンは森のいずこかへ殴り飛ばされて、気絶して記憶の一部が抜けてしまった事に。
エルザ姫に殴り飛ばされた事で、余計に道に迷って右往左往する羽目になった事に。
更には気絶している間に溜めこむように買い込んだ食糧が、獣に食い荒らされて餓死の危機に晒される事に。
その事実を、エルザとレヴァンテンがこの先二人が知る事はなかった―――。
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