61部分:第六十一首
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第六十一首
第六十一首 伊勢大輔
もう昔のことでありそれは今のこの京の都の話ではない。だからこの目で見たわけではないことだけれど。
かつて奈良の平城の都にも桜が咲いていたという。それは八重桜で。普通にある桜とはまた違っていた。
普通の桜とはまた違った趣と美しさを奈良の都に見せていたという。このことを聞いている。
奈良の都は遠くになり今の京の都とは違う。時代も移ろいで世界は完全に変わってしまった。けれど同じものはある。
それがこの八重桜。奈良の都にあったのと同じ八重桜が今ここに咲いている。今日は宮中の宴の席で美しく咲き誇っている。あの時の奈良の都と同じように。春のこの都に美しく咲き誇っている。都は変わり時は気の遠くなる程移ろいでも。これだけは同じだ。
歌人としてもはじめての舞台で即興で歌を詠わせてもらうことになった。何を詠おうと思っていたがふと心の中に浮かんだのはこの八重桜のこと。それで桜のことを詠うことにした。
いにしへの 奈良の都の 八重桜 今日九重に 匂ひぬるかな
舞台で謡うのははじめてで。とかく心が張り詰めてしまうけれどそれも詠ってみた。この歌は周りの人達にどう思われるだろうか。若しかしたら帝の御耳にも入るかも知れない。そうしたことをあれこれ考えてさらに心は張り詰めてしまうけれどその自分の前でも八重桜は咲き誇っている。本当にそこだけ何も変わっていないように。都も移ってしまったのに桜だけは変わらない。春にその美しい姿を見せてくれている。
第六十一首 完
2009・2・27
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